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第17話 私の答えはもう決まってる
「だーかーら! 昨日、魔樹化しそうになった薬草にだけ水をかけて駆除したはずなのに、何で今日見たら、関係ない周りの植物まで枯れてんの!」
「し、知りませんよ! 私だって慎重にやったんですから! アリエスさんだって見てたでしょ?」
私が逆に聞きたい。
相変わらず、畑ステータスの表示は、薬草の状態の項目以外はグリーン。
まあ今回枯れたのは、昨日魔樹化しそうになった薬草の周りにある薬草だけだったけど。
ブツブツ言いながら枯れた薬草を引っこ抜くアリエスの背中を睨みながら、私は大きくため息をついた。
ため息の音を聞いたのか、彼の手が止まる。
「とりあえず、お前の力には効果にムラがあるってことが分かった。何故そういう状況になるのか、一度整理する必要があるな」
「そう……ですね」
「そんな落ち込むな。効果が大きく出たときの状況を残しておけば、いずれ原因が見えてくる。それに……お前の力自体、まだ未知な部分が多いしな」
声色を明るくしながら、彼がこちらを振り返る。その表情はどこかワクワクしていた。
ほんとこの人、興味あることに関しての熱量半端ないなぁ。
少しでもその熱量、この薬草園の管理に向けてくれないかなぁー。あと、部屋の整理にも。
「そろそろ朝飯にするか」
「分かりました。この魔樹化しそうな薬草に水をかけたら、神官寮に食事を取りに行ってきます」
そう言って私は、銀じょうろいっぱいに水を満たした。
私が初めて魔樹を枯らしたあの日から、すでに一週間ほどが経過していた。
*
銀じょうろから零れた水が、魔樹の本体に降り注ぐ。
水滴に当たった触手の先から溢れていた黒い瘴気の吹き出しが止まった。そしてみるみる結界内の瘴気が晴れ、辺りの景色がクリアになっていく。
ヴァレリアさまの魔法から逃れようと足掻いていた魔樹の動きも止まっていた。体内の水分が蒸発したかのように、触手が枯れ始めたのだ。
神殿で魔樹を枯らしたときと同じ現象が起こっている。
私たちがモタモタしていたため、魔樹の触手が無駄に暴れ、周囲に被害が出ていた。しかし、結界内を浄化の炎で焼きつくすよりはまだマシだと思う。
魔樹が朽ち、大きな音を立てて幹が折れて倒れた。
これで……終わったのかな?
あ、こういう言い方をすると、第二形態フラグを立ててしまう!
だけど私の不安は杞憂に終わり、周囲を覆っていた結界が解除された。
魔樹の脅威がなくなり、安全が確保された証だ。
ホッと胸をなで下ろすと、私はゆっくりと地上に向かって降りていった。全身を駆け巡っていた熱は失われつつある。供給して貰った魔力が尽きそうになってるみたい。
供給して貰った……魔力……
そう思った瞬間、唇に触れた温もりを思い出し、魔力とは別の熱が顔にあがってきた。
い、意識するな私!
アレは、緊急事態だったから……あのときは、アレしか魔力供給の方法がなかったからなんだからっ‼
仕方なかったのだと心の中で言い聞かせていたそのとき、
「魔樹が枯れたぞっ‼」
「あの方が……あの方の力が魔樹を枯らしたんだっ‼」
「異世界人に魔樹を枯らす力があるなんて!」
耳に入ってきたたくさんの声に顔を上げると、結界の周囲にたくさんの人々が集まり歓声を上げていた。
一時的に結界の外に出たときよりも、人数が増えている。
誰かが叫んだ。
「聖女さまだ……」
「え?」
一番あり得ない単語に目を見開く。
だけど、周囲の歓声は止まらない。
「聖女さまだ! 銀のじょうろで魔樹を枯らす聖女さまだっ‼」
「瘴気の中でも、あの方は自由に動けていた! そんなことができるのは聖女さましかいない!」
いやいや私が聖女だなんて、召喚数分でただの人認定されているんですけど。
この国の一番えらい人にお墨付き貰ってるんですけどっ‼
しかし何を叫んでもこの歓声の中では皆に届かない。
困っていると一際大きな声が辺り一帯を震わせた。
「皆の者、鎮まりなさい‼」
ヴァレリアさまの声だ。
恐らく、魔法で声量をあげているみたいだけど、耳というよりも心に直接響いてくるような感覚だ。
私を取り囲む人の壁が割れて、ヴァレリアさまが現れた。
そしてまだ魔樹の残骸の上に立つ私を見上げながら、鋭い視線を向けられた。
「やはりこの者には聖女の証が見当たりません。よって神殿としては現時点で、セタホノカさまを聖女として認めるわけには参りません」
その言葉に人々が不服そうに声をあげた。誰かが見間違いではないか、と言ったけれど、そばにいた神官に睨まれ、口を閉ざす。
ヴァレリアさまは、後ろに控えている人々に向き直った。
「今後、ホノカさまの力は、神殿が全総力をあげて解明していきます。その結果が出るまではホノカさまは今までどおり、皆と同じこの国の民。聖女としての特別扱いは不要です」
言葉だけだと厳しいように思える。
だけど、こちらを一瞥されたときに浮かべていた微笑みを見て、ヴァレリアさまが私にしてくださった配慮に感謝の念が湧き上がった。
ヴァレリアさまは、今回の一件で聖女としてもちあげられそうになった私を助けてくださったのだ。
この国で一番偉い方がそう仰ったのだから、人々も従わざるを得ないだろう。
ヴァレリアさまが立ち去ると同時に、アリエスが神官に肩を貸されてこちらに歩いてきた。でも私と目が合うと神官から離れ、自分の足でこちらに向かって来る。
多分、弱った自分を見られたくないんだろう。
プライドが高いのか低いのか、ほんと分からない人だ。
ということで、早速隠そうとした身体の不調を気遣ってあげる。
「身体、大丈夫ですか?」
「……ま、まあ誰かさんが魔石をなくしちまったせいで、ちょっと瘴気を吸い込んでしまったが、すぐに浄化して貰ったからもう大丈夫だ」
私の意図を感じ取ったのか、アリエスはいつものように嫌みったらしく言葉を返してきた。
アリエスは魔力供給後、結界の外に避難した。瘴気が満ちた空間の中で頭部を覆う結界をかけ直すと、結界の内側に瘴気が入り込み、使い物にならないからだ。
その際、少しだけ瘴気を吸い込んでしまったんだろう。
嫌み混じりの言葉だったけれど、不思議と気にならない。
っていうか、彼の顔を見るとどうしても魔力供給のことを思い出し、恥ずかしさで心が一杯になってしまう。
なのに、
「ほら、さっさと下りてこい」
アリエスが私に向かって手を伸ばした。
この男は……ほんっと、こっちの気も知らないで……
だけどこの不満を口にするわけにもいかず、かと言って、まだ本調子じゃない人の手を無情にも払えるほど、私も人の心を失っていないわけで。
もの凄く複雑な気持ちを抱きながら、彼の手をとった。
ゆっくりと引き下ろされ、無事両足が地面につく。
地面の固さを足の裏に感じながら、周囲を見回した。そして、後ろで倒れている魔樹を改めて見る。
「これが、お前が望み、動き、出した結果だ」
「そう、ですね」
「……怖くなったか? お前が本当に嫌なら、この仕事を辞めてもいいんだぞ?」
「えっ? 辞める?」
「ああ。こうなった以上、お前の力は今後、魔樹を枯らすことに使われる。もちろん危険も伴う。もし無理だと思うなら、この仕事を辞めたほうが良い。俺が適当に理由をつけるから、その辺は安心しろ」
私の身と気持ちを案じてくれてるの?
だけど、残念でした。
私の答えはもう決まってる。
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