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第3話 上司の人格が壊滅的すぎて詰んだ
一気に話したためか、ヴァレリアさまは背筋を少しだけ脱力すると、ソファーの背もたれにもたれかかった。
そして一息つき、再び背筋を伸ばすと、私を見つめながら口を開いた。
「ホノカさまが自立されるまで、住まいや食事は、神官たちが使用している寮をお使いください。後、生活に慣れ、基本的な読み書きができるようになれば、お仕事もご紹介しようと思っております。ノルドーハ薬草園で管理人補佐のお仕事になるのですが」
この国は、自然を司る女神ホーリーさまの恩恵を強く受けている。そのため、木材や農作物などの特産品が有名ならしい。
特に薬の元となる薬草は、三国の中で最も種類が多く、ノルドーハ神聖国でしかとれない希少性の高いものもあり、国を挙げて薬草の研究が行われている。
神殿が研究に使う特別な薬草を育てている機関が、【ノルドーハ薬草園】と呼ばれるところで、今私がいる神殿内にある。
薬草園かぁ……
つまり、植物に関わる仕事ってわけだよなあ……
私の不安を感じ取ったヴァレリアさまが、
「大丈夫ですよ。主に、薬草を育てるだけの簡単なお仕事ですから」
と言ってニコニコしていらっしゃるけど、それ一番私に与えちゃいかん仕事だからね!
一番あかんやつですから‼
「そ、そのことなのですが……私、そのぉ……植物を育てるのが大の苦手なのです。元の世界にいたとき、育てていた植物をことごとく枯らしてしまって……」
そう。
私は育てた植物をことごとく枯らす女なのである。
きちんとお世話をしているのにも関わらずだ。
心の癒やしのために買った観葉植物は、ことごとく枯れた。
どれだけ世話が簡単だという植物も、問答無用で枯れた。
サボテンなんていくつ枯らしたか分からない。あいつら、あまり世話いらんというけど、絶対嘘だと思う。
知ってるか? サボテンって突然ぶよぶよになって腐るんだぜ?
とにかく枯れる。
何か分からんけど枯れる。
そんな植物枯らしの異名(自称)をもつ私に、薬草を育てる仕事なんて無理に決まっている。
「なので他のお仕事があれば、そちらを紹介して欲しいのですが……」
「え? で、でも、薬草を育てるだけですよ? 管理人は薬草を育てる専門家ですから、ホノカさまは彼の言うとおりにして頂ければ問題無いと思うのですが」
私は今日何回、この国の女王の立場である人に困り顔をさせているのだろう。
多分ヴァレリアさまも、こんな馬鹿らしい理由で断られるとは思ってもみなかったのだろうな。
ほら、ヴァレリアさま、考え込んじゃったよ。
これ以上簡単な仕事ある? っていう心の声が聞こえてきそう。
その時、
「なんだ、さっきから聞いてりゃグチグチと。薬草なんて水と光と栄養さえ与えてりゃ育つんだ。なんだお前、働きたくない言い訳か? ならもっとマシな言い訳をするんだな」
突然部屋の中に男性の声が聞こえたかと思うと、奥のドアが開いた。
現れたのは三十歳半ばぐらいの赤毛の男性だった。
だけどこの豪華な応接室には相応しくない、だらしのない服装をしている。シャツの上の方のボタンをしていないため、首元が大きく開いているし、ズボンは色んなところが破れてるし。
顎や頬には、多分数日剃ってないなと分かる無精髭が生え、伸びた髪は後ろでくくられている。意図して長髪にしているというわけでなく、伸びて邪魔だからくくっているといった雑感がすごい。ちゃんと寝ていないのか、目の下にクマがある。
身なりを整えているヴァレリアさまと並ぶと、場違い感が際立つ。
やってきた男性に向かって、ヴァレリアさまは少し語気を強くされた。
「アリエス、何故ここにいるのですか。今はホノカさまと大切なお話をしているところです。貴方への紹介は、彼女がこの世界に慣れてからという話だったはずでしょう?」
「こっちは早く新しい人手が欲しいんだよ。前の助手が止めて、今は俺一人で馬鹿広い薬草園を管理しなきゃなんないんだから」
「ホノカさまは、この世界にやって来られて間がなく仕事に就ける状況ではありません。それに薬草園の管理は魔法で自動化されているため、それほどの労力はかかっていないと聴いておりますが?」
「その【それほどの労力】ってやつが、俺にとっては重労働なんだよ」
もしかしてこのロクデナシ感半端ない男が、ヴァレリアさまが仰ってたノルドーハ薬草園の管理人、つまり私の上司になる人ってこと?
……やべぇの来たな。
アリエスと呼ばれた男性の青い瞳が私を睨みつけた。
厳しい視線に、反射的に身体がすくんでしまう。
しかし彼は、ポケットに手をつっこんだまま大股でこちらに近付くと、私の前で腰を曲げ、まるで値踏みするようにジロジロと無遠慮に見て――満足したのか上体を起こすと、フンッと鼻で笑ってきやがった。
「ふぅん……聖樹の召喚が失敗して普通の女が来たって聞いたけど、まさかこんなお子ちゃまだったとは。ま、仕事をして貰えれば、こっちは何でもいいけどさ」
「お、おおっ、おこ……ちゃま?」
「背も低いし胸もちっせーし。せいぜい十七、八歳ぐらいか?」
はははっと笑いながら、奴は私の頭をポンポンと叩いた。
まるで、小さい子どもをあやすかのような手つきで。
そりゃ、背はちっさいって散々言われてきた人生でしたよ?
だけどな、私、一度だってコンビニとかの年齢制限に引っかかったこと、ないんだわ!
誰が、おこちゃまじゃいっ‼
これでも日本人の中では、年相応で通ってるんだわ!
私は、頭に乗せられた手を強めに振り払った。
パシッと小気味良い音が響き渡ると同時に、アイツの青い瞳が大きく見開かれる。
私は新しい人生を生き直すことを決めた。
もう、他人の機嫌や態度に振り回されるのはこりごり。
礼には礼を。
非礼には非礼を。
「……分かりました。アリエスさんがそこまで仰るなら、薬草園の管理人補佐のお仕事をお引き受けいたします。しかし……先ほども言った通り、私は育てた植物を枯らす女です。どのような結果になっても、責任をとりませんからね」
私の挑戦的な発言を聞き、手を振り払われて驚いていたアリエスの目が、面白そうに細められる。
「ははっ、魔法で管理された環境の中で薬草を育てるだけだぞ? お前の言う【どんな結果】とやらが見物だな? もちろん、わざと枯らそうとしてもバレるからな?」
「そんな姑息な真似はしません。後、私、こう見えて二十五歳なんで、おこちゃま扱いは止めてください」
「……え? そんなお子さま体型で二十五歳?」
「アリエス、いい加減になさいっ‼」
次の瞬間、あの優しいヴァレリアさまの怒りの鉄槌が、クソ上司の頭上に落ちた。
せっかく新たな世界で生き直そうと思ったのに、上司とされる人間のパワハラ・セクハラ発言が凄くて詰んだ感が凄いんですけど……
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