第6話 枯れてる――‼

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第6話 枯れてる――‼

「……か」 「かっ……」 「「枯れてる――‼」」  次の日の朝。  ノルドーハ薬草園に、アリエスと私の絶叫が響き渡った。  昨日私が水やりをした薬草たちが、無残に枯れた姿を瞳に映しながら……  丁度私が薬草園の管理室にやってきたとき、アリエスは昨日別れたときと同じ体勢で眠っていた。  こいつ、あのまま寝ていたのか? と思いながら、声をかけていると、突然、畑ステータスが発動し、警告が発されたのだ。その音を聞き、飛び起きた上司とと一緒にここにやってきて、今に至る。  アリエスが凝視する畑ステータスに視線を向ける。  畑の状態は、ほぼグリーン。一カ所だけ赤くなっているのが恐らく、薬草の状態だ。  畑の環境は問題ないのに何故か薬草が枯れた。  首からギギッと音が聞こえそうなぎこちなさで、アリエスの顔がこちらを向いた。  あー……やっぱり、そう思っちゃいますよねー。 「おまえ……何をした? この畑に一体何をしたんだ⁉」 「な、何もしてないですよ! 指示通り、水やりをしただけです!」 「水やっただけなのに、何で全ての薬草が枯れんだぁぁぁっ‼」  私が聞きたい。  アリエスが私から一歩距離をとる。睡眠不足からか、少し充血した青い瞳が、得体の知れない存在を見るかのような恐怖で揺れている。 「え? ほんとどういうこと? 何? 何なの、お前……」 「だーかーら言ったじゃないですか、どうなっても知りませんよって。私には、育てた植物をことごとく枯らしちゃう才能があるんです」 「才能なんていういいもんじゃねえよ! もはや呪いだ‼ ヴァレリアに頼んで祓って貰えっ‼」 「人を悪霊扱いしないで貰えます?」 「悪霊は植物枯らしたりしねえよっ! 実害がある分、お前はもっとたちが悪いやつだ!」  そう一気にまくしたてると、アリエスはゼーゼーと肩で呼吸を繰り返した。  私はというと、いやだから言ったじゃん……という気持ちと、やっぱりか……という気持ち、どちらが主導権を握るか揉めている状態だ。  あの男が頭を抱えている姿を見るのはざまぁではあるけれど、枯れてしまった薬草たちには申し訳ないことをしてしまった。  昨日まで、元気に育っていた様子を思い出すと、元の世界で何度も枯れた植物を捨ててきた経験があっても、罪悪感が胸を衝く。  それに、初仕事を失敗したという悔しさだって……  黙ってしまった私を見たアリエスが、大きくため息をついた。ボリボリと頭を掻くと、ばつが悪そうに口を開く。 「まっ、まあ……ここまで言っておいてなんだが、お前が本当の原因かどうかは分からないもんな。お前の言うとおり言い過ぎた」  証拠もなく、ただの先入観で私を責めてしまったことを、今になって後悔しているみたい。  この人、謝れたんだ。何だか意外。 「とにかく、枯れたものは仕方が無い。何が原因か、枯れた薬草を集めて調べてみる。まあ枯れたとはいっても、薬に使える部分もあるからな」 「そうですか……良かった……」  全てが無駄になったわけじゃないみたいで、少しだけホッとした。 「とりあえずお前は、枯れた薬草を抜いて集め、俺の元にもってこい。俺はその間に、植え直す薬草の苗を用意しておく。後、畑の環境情報はしばらく開いたままにしておけ。何かあったら直ぐに分かるように」 「あ、そのことなんですけど……畑の環境情報ってどうやって出すんですか?」  私はおずおずと手を上げて尋ねた。  というのも、ここに来てからこっそりアリエスと同じ言葉を唱えてみたんだけど、何も出なかったからだ。昨日の彼の言い方だと、唱えればいけるって感じだったんだけど。  案の定、アリエスの眉が上がった。 「お前、魔法が使えないのか? あれだけ、母国語の文字数が多いくせに?」 「いや、母国語の文字数は関係ないでしょ……てか、あなたの評価って、そこなんですか?」  案の定、私の突っ込みはスルー。  代わりに奴は、何かを今思い出したように息を飲むと、特大なため息をついた。 「はぁぁ……そういや聖女は俺たちと同じ魔法が使えないって、なんかの文献で読んだことがあったな。魔力が作られない体質だから魔法が使えないんだって」 「魔力が……ですか?」 「そうだ。この世界で生まれた人間には、生まれつき魔法の原動力となる魔力を生み出す力が備わっている。呪文に魔力を通すことで魔法を発動するんだ。だけどお前ら異世界人は魔力を生み出す力がない。だから魔法が使えない。単純な原理だ」 「ってことは、私には畑ステー……じゃなくて、畑の環境情報を開くことすらできないってことですか? それって結構この仕事には重要なことじゃ……」 「まあ、魔力が尽きた人間に、魔力を供給する方法はあるから心配しなくていい。どちらにしても、この世界で生活するには魔力は必須だからな。ヴァレリアに相談しとくわ」 「あ、はい、お願いします」  魔法って、RPGみたいに戦闘で使うイメージが強いけれど、日常生活に深く関わっているのね。  元の世界でいう、科学みたいなものかもしれない。  アリエスは私に畑の後処理を任せると、両手をポケットに突っ込みながら行ってしまった。  私もボーとしている場合じゃない。  アリエスは、私が原因かどうかは分からないって言っているけれど、本当のところはどうなんだろう。元いた世界で散々植物を枯らしてきたけれど、さすがにお迎えした次の日に枯れるってことはなかった。  上司はアレだけど、せっかくヴァレリアさまが紹介してくださった仕事なのに、初っ端から躓いてしまって凹んでしまう。  やっぱり私はどこにいっても……ううん、まだ私が原因だって決まったわけじゃない。  今は、目の前の仕事に集中しよう。  私は、常に畑ステータスを確認しながら、枯れた薬草を回収していった。  しおしおになって土の上で枯れている薬草を見ると、悲しくなってくるけど手は止めなかった。引っこ抜くと、立派な根っこが姿を現す。ここはまだ、薬と使える部分だって言ってたっけ。  全部を抜き終わった頃、アリエスが新しい苗を持ってきてくれた。  それを受け取ると、昨日以上の慎重さと丁寧さ、そして気持ちを込めて苗を植え、銀じょうろで水をまんべんなく与える。  その間、アリエスは何一つ手伝ってくれなかったけれど、昨日以上に時間をかける私に文句一つも言わず、全てを終えるまでその場から動かなかった。  そして次の日――再び薬草園に、アリエスの叫びが響き渡る。 「だから……だから何でこうなった⁉ 何で昨日植えた苗が、全枯れしてる⁉」 「しっ、知りませんよぉぉ――――っ‼ 私が逆に教えて貰いたいくらいですよ!」 「いや、ほんとお前、何なの? って、ちょっと近付かないで貰えます? 触られたら、俺の生命力まで枯れそう」 「枯れませんよっ! てか、元々枯れてるんだから、他に何が枯れるっていうんです⁉」 「か、枯れ……⁉ おっ……お前……俺はまだ三十二歳だぞ⁉ ガキが調子乗りやがって……」 「誰がガキだぁ⁉ やんのか、おい⁉ 戦争か⁉」  私たちの言い争う声が、枯れてしまった薬草畑の前でいつまでも続いていた。
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