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第8話 なんで私をクビにしないんですか?
私の報告を聞いたアリエスが、眠そうに目を擦りながらキックボードから下りてきた。当初のような驚きはなくなっていた。
落ち込む私の隣を通り抜けると、こめかみ辺りをボリボリと掻きながら、反対の手を腰に当てて畑の前に立った。
「あー、やっぱり枯れたか」
「……すみません」
「気にすんな。元々、お前が何故植物を枯らしてしまうのか、その原因を解明するために水をやるよう指示したんだ」
この畑では、薬草を育てていない。
その辺に生えていた雑草を植え替えただけだ。
初めて薬草を枯らしてから約二ヶ月。
私は当初の宣言どおり、薬草畑を枯らし続けた。もちろん、枯らすようなことは何もしてない。それは私の作業をずっと見ていたアリエスやエリーナさんからのお墨付きだ。
なのに枯れる。
ここまで来れば、嫌でも私のせいという結論に達してしまうわけで……
いや、せやかてやで?
いくら何でも枯らしすぎじゃないですか、私? ここまできたら、本当に何か悪いものが憑いているのかもしれない。ヴァレリアさまに相談し――
「もしかして……お前が直接水をやると、枯れるんじゃないか?」
枯れた雑草を引っこ抜いて観察していたアリエスの言葉が、私を思考の海から引き上げた。
確かに、今まで枯れてきた植物たちは皆、私が直接じょうろで水をまいた子たちだ。
土に栄養剤を混ぜたり、薬草の状態を観察したりなどは問題ない。
それにアリエスが言うには、以前私が魔法の練習で水を呼び出して畑に撒いたとき、薬草には何の変化もなかったことが、今回の仮説の決定打になったのだという。あのときは水のコントロールが上手くいかず、アリエスをびしょびしょにしてしまって怒られたっけ。
今まで私が接してきた畑で、枯れた畑と枯れなかった畑の違いを消去法で考えると、直接水をやったかしか残らないと、アリエスは自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「一度、検証してみる必要があるな」
それを聞き、私は今までずっと疑問を抱いていた問いを口にする。
「あの……なんで私をクビにしないんですか?」
「え? お前をクビに?」
「はい。だって、これだけ大切な薬草を枯らしてきたんですよ? 役に立たないってクビになってもおかしくないと思うんですけど……」
普通の会社なら、色んな理由を付けて解雇になっていると思う。
しかし、
「確かに色々と薬草を枯らしやがって無駄な仕事が増えたけど、でも別に役に立ってないなんて思ってないぞ?」
「……え?」
意外すぎる言葉に、私は目を見開いた。
「他の仕事はちゃんとこなしてるだろ? 接客なんて、お前が対応してくれるようになってから客が怒らずに帰ってくれるから、本当に楽になったんだぞ?」
「え? いつもお客さん、怒らせてたんですか?」
「だってあいつら、無理難題ばっかり要求してくるからよ。ムカツクじゃん? 自分たちにはできないくせに、ああしろこうしろって」
「……アリエスさん、三十二歳ですよね?」
「年齢なんて関係ねえ。ムカツクもんはむかつくんだよ」
えー……子どもすぎん?
いや、まあ気持ちは分かる。分かるけど、それをグッと堪えて妥協点を探るのが、社会人ってもんじゃないですか?
「それに、お前が悪意をもって薬草を枯らしてるわけじゃないってのは、仕事に取り組む姿勢で分かってる。もし薬草を枯らす原因を取り除くことができれば、お前はきっといい働きをしてくれるはずだ。そうなれば、俺ももっと楽ができるし」
「……結局、自分が楽することしか考えてないんですか?」
「必要な部分に必要な力を注いでいると言ってくれ。でもまあ正直、お陰で研究に充てる時間も増えてるからな。助かってる」
あ、少し嬉しいかも。
自分が楽するためって言いつつも、私の仕事ぶりを見ていて評価してくれたことが。
だけど、
『一つ上手くいったぐらいでいい気になるなよ』
『次はそれ以上の成果を出せ』
耳の奥から滲み出した言葉によって、高揚していた気持ちが一瞬にして沈む。
「ま、お前が本当にこの仕事が嫌で辞めたいって思うんならヴァレリアに相談しろ。この国の生活に慣れてきた今のお前になら、紹介できる仕事も増えてるだろ」
「……考えて、みます」
「おう」
頷くアリエスが一瞬だけ寂しそうな顔をしたのは、気のせい?
私は集めた枯れた雑草を、アリエスに手渡した。
彼は礼をいうことなく、さも当然といった感じで雑草を受け取ると様子を確認し始めた。
それを横目で見つつ、私は畑ステータスを表示させると、畑の状況を確認した。
文字はまだ全部理解できていないけれど、何が書いているかは分かる。
植物の状態の部分だけがグレー表示になっている。現在、この畑に植えている植物がないからだ。
とりあえずこの畑の環境に問題は一つも無い。
だけど今回も枯れてしまった。
仕事は楽しいけど……やっぱりこのまま別の仕事に行ったほうがいいのかな……
その時、
「……え? なんだこれ……い、いや、まさかそんな……」
アリエスの驚きの声が聞こえた。枯れた薬草を確認する手が止まっている。いや、固まっているといったほうが正しいかもしれない。
しかし薬草を凝視していた彼の視線が、食い入るように私に向けられた。
いつものヘラヘラした感じではなく、突き刺すような鋭さを纏っている。
私の知っている、無気力系上司じゃない。
突然、私の手首が強い力で掴まれた。
「ホノカ、ちょっとついていこい。確認したいことがある」
「な、何ですか? どうかしたんですか?」
「いいから、早く! そこのじょうろに水をくんでもって早く来い!」
「そんな強い力で掴まなくても、付いていきますから!」
痛くて半分叫ぶように答えると、アリエスはあっと小さく声をあげて手を離し、バツが悪そうに顔を背けた。
腑に落ちない気持ちを抱えながら、私は言われた通りにじょうろに水をくんだ。
嫌みの一つもいってやりたかったけど、私に背を向け、大股で先を進む彼の背中を見ていると言葉が引っ込んでしまう。
尋常ではない逼迫した雰囲気が、嫌というほど伝わってくる。
一体なにが彼を豹変させたのだろう。
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