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プロローグ
「はじめまして……三宅衣都です」
衣都が”彼”と出会ったのは今から十年前――十四歳のことだった。
三歳年の離れた兄の後ろに小さく隠れながら、おそるおそる自己紹介をした。
衣都の声はわずかに震えていた。
製薬会社の社長を務めていた優しい父、いつも笑顔を絶やさなかった母。
大好きな両親が不慮の事故で亡くなったあの夏――衣都を取り巻く環境は大きく変わってしまった。
生来の人見知りはより顕著になり、気弱な心は一層頑なになった。
衣都は警戒するように目の前に立つ青年の顔色をじいっと窺っていた。
「僕の名前は四季杜響だよ。よろしく、衣都」
響は一向に警戒を解こうとしない衣都の態度を意に介さなかった。育ちの良さそうな柔和な笑みを浮かべ、右手を差し出し握手を求める。
チェロのような深みのある落ち着いた声には同情の色はなく、軽やかな音色はただただ耳に心地よかった。
このところ、鼓膜にべっとりと張り付く耳当たりのよい言葉ばかりを聞かされ続けていた衣都にとって新鮮だった。
思わず声色に聞き惚れていると、右手を差し出したまま響が『ん?』と首を傾げた。
衣都は慌てて握手に応じた。
(王子様みたいな……人……)
響はカラリと晴れた夏空のような爽やかさで、あっけらかんと衣都たち不遇の兄妹を受け入れた。
手のひらが触れあっている間、なぜか心臓がドクドクと激しい脈を刻んでいた。
きっと、衣都はあの日から――恋に落ちていたのだ。
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