5.不協和音

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(響さん、なんで……)  聞いてはいけないことを聞いてしまったせいで、心臓がまだバクバクと小刻みに振動している。  響はしきたりのせいで自由を奪われたことに、激しい憤りを感じていた。  しきたりのおかげで響と結婚できる衣都とは大違いだ。  しきたりが憎いのに、なぜ嘘をついてまで衣都と結婚しようとするのか。  紬の言うように響にとってかりそめの花嫁として、衣都ほど都合のいい存在はいないから?  衣都には家同士のしがらみも関係なければ、気を使うような後ろ盾もいない。心配されるような、浪費癖もない。  極めつけは、婚約予定を聞きつけてひと晩の思い出を欲しがるほど、響を愛している。  愛しているからこそ、結婚後にどう振る舞われようと彼を許すに違いない。  盲目的に夫を愛する、愚かな妻役にこれほど相応しい人間は他にいないだろう。 (最初から分かっていたじゃない)  あの人は自分には手の届かない人だって。  一晩だけでいいと覚悟して、抱かれたのは他ならぬ衣都だ。  思いがけず結婚できることになり、愛してると囁かれて、すっかり浮かれていた。 (本当、私って単純なんだから)  知らず知らずのうちに、自嘲の笑みが湧いてくる。  響の演技に気づかず、相思相愛なのだと勘違いをしていた。  でも、たとえ利用されていようとも、響を責める気にはなれないのは、やはり彼を愛しているからに他ならない。  結婚してもらえるだけで、ありがたいと思わなければ。 (あ、ダメ)  幸せだった気分が急に遠のいていく。  まるで真っ暗なベールが目の前に降りてきたかのようだった。
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