5.不協和音

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 ◇  響が北米に行ったことで、衣都にはしばしの平穏が訪れた。  ひとりきりで寝るのは久しぶりのことだった。冷たいシーツの感触に違和感を覚える。  響は寒がりの衣都をいつもそっと温めてくれた。  響が傍にいると苦しいのに、いなくなってしまうと途端に恋しい。  そんな衣都の心を見透かしたかのように、忙しいはずの響からは毎日メッセージが送られてきた。  たわいのない文面の中には、随所に衣都への気遣いが見られた。  出国する前に手配しておいたのか、クリスマスには薔薇の花束とプレゼントまで届いた。 『来年は一緒に過ごそう』  花束についていたメッセージカードにはそう書かれていた。 (本心かしら)  猜疑心に支配された頭は、本当はお飾りの妻候補なんかと一緒にいても退屈なのではないかと、深読みしてしまう。 (こんなに静かな年末年始は初めてかもしれない)  例年は律とその家族と過ごしていたが、今年はピアノの練習と宿題を言い訳にして断ってしまった。  こうして、ひとり寂しい年末年始を過ごした衣都に、更に痛ましい出来事が起こったのは、年が明けた最初のレッスン日だった。
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