5.不協和音

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「昨日、ユウくんのお父様から丁寧な謝罪がありました」  和歌子は即座に本題に入り、衣都に彼女の正体について教えてくれた。  彼女は衣都の受け持っている生徒の母親だったのだ。  衣都の記憶が正しければ、お迎えは父親か祖父母ばかりで、母親は一度も教室にきたことがないはずだ。  その理由は、すぐに明らかにされた。 「ユウくんのお母様は、長い間心を病んで伏せっていらしたそうよ」  父親の話によると、彼女は元々、精神的に不安定であり、寝たきりになったり、元気になったりを何度も繰り返していたらしい。 「それがなぜ急に?」  いきなりあのような凶行に及んだのだろう。  もちろん、衣都が生徒の父親と不倫をしたという事実は一切ない。  精々、送迎の際に世間話やレッスンの様子を話すくらいだ。 「わからないわ。何を聞いても、『あの女が悪い』と衣都先生を名指ししているそうよ」  衣都と自分の夫が不倫をしているという妄想に取り憑かれているのだと思うと、背筋がゾッとした。 「お父様から、今後はこんなことがないようにするから、示談に応じて欲しいとお願いされたわ。被害に遭われた衣都先生には悪いのだけれど、今回は受け入れようと思うの」 「私も示談で構いません」  幸いなことに衣都は床に突き飛ばされたくらいで、大した怪我は負っていない。物的被害にあった教室の経営者である和歌子が示談に納得しているなら、それでいい。
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