5.不協和音

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 事件の落とし所が見つかり、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。  気まずそうに我が子から告げられたのは、まさに寝耳に水の話だった。 「それでね。衣都先生にはしばらく教室を休んでもらいたいの」  戸惑いと絶望が胸の奥に広がっていく。  なぜ、自分が休まなければならないのか。どうしても理解できなかった。   「なぜですか?」  理由を尋ねると和歌子は疲れ切ったようにうなだれた。 「どうやら、衣都先生が保護者の男性や生徒さんに色目を使っているって噂があちこちで出回っているらしいの。あなたがそんなことをするはずないって、もちろんわかっているわよ?婚約のことも聞いているしね。でもね、この間の騒動についても、保護者の方から安心して預けられないって何件かクレームがきているのよ」  衣都は顔を伏せ、爪の痕が残るほど拳を固く握りしめた。  和歌子の心痛の原因は、例の事件ではなく、こちらが本命だったのだ。 「梅見の会も控えているし、ほとぼりが冷めるまでしばらくお休みしてもらうのがいいのかと思って……」 「お気遣いありがとうございます」  衣都は粛々と首を垂れた。  これ以上、何が言えよう。  和歌子はコスモスハーモニー音楽教室の経営を担っている。悪評がたって困るのは衣都ではなく、和歌子なのだ。  恩師でもある和歌子に駄々をこね、迷惑をかけるわけにはいかなかった。  クビにならないだけましだと、自分を慰めるしかない。   「梅見の会には私も招待されているの。あなたのピアノが聞けるのを楽しみにしているわ」  和歌子は最後に、気遣うように言ってくれた。
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