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◇
(なんでこんなことになってしまったの?)
悲痛な心の叫びには、誰も答えてくれなった。
心ここに在らずの状態で電車に乗り、機械的にレジデンスに帰ると、そこには帰国した響が衣都を待ち受けていた。
「おかえり、衣都!」
「響さん。お帰りなさい」
衣都はしまったとばかりに、慌てて笑みを顔に貼り付けた。
帰国の日を連絡してもらっていたのに、事件のせいですっかり頭の中から抜けていた。
「会いたかった」
「私もです」
響は衣都をぎゅっと抱きしめると、二週間分のスキンシップに興じた。
額、瞼、頬へと上から順に口づけ、最後には唇を塞いでいく。
衣都は目を瞑り、黙って身を任せた。
「すれ違わなくてよかった。早く会いたかったから、教室まで迎えに行こうかと思ってたんだよ」
うっかり心臓が止まるかと思った。教室まで迎えにこられていたら、臨時休業のことが知られてしまうところだった。
「どうしたんだい?」
「ううん!なんでもないです!部屋でコートを脱いできますね」
パタンと自室の扉を閉めると、ずるずるとその場にへたりこんでしまう。
(響さんには言えない)
不名誉な噂のことを響に相談したら、婚約の話がなかったことになるかもしれない。
そんなことになったら、生きていけそうもない。
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