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『あの子ったら衣都ちゃんに喜んで欲しくてしかたないのよ〜。嫌でなかったら好きにさせてあげて〜?』
おかしそうにクスクスと笑う綾子は息子への慈愛に満ちていた。
(どうしたらいいんだろう……)
何が正解なのか衣都には、もう分からなかった。
どうにかなると、根拠のない自信を持っていたのが、滑稽に感じられる。
衣都はただ綾子に知ってもらいたかったのだ。
たとえ自分の恋が実らずとも、響の幸せを誰よりも願っていたこと。
奇跡的に両想いになれた今は、彼を自分の手で幸せにしたいと思い始めていること。
……けれど、ひとりよがりだと思われたらそれまでだ。
どうあがなえば、許してもらえる?
衣都はピアノの蓋を開け、スツールに座った。
偉大な作曲家の多くは、大いなる葛藤や苦悩の中で作曲活動を続けてきた。
今なら彼らの気持ちがよくわかる。
衣都は鍵盤に指を置き、心のままに音を奏でた。
無力な自分に対する歯痒さや怒りを振り払うように、気が済むまでピアノに没頭していく。
どれくらいの時間が経っただろうか。
ふと異変を感じ窓を見上げれば、小雪がちらついていた。
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