6.梅見の会

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『あの子ったら衣都ちゃんに喜んで欲しくてしかたないのよ〜。嫌でなかったら好きにさせてあげて〜?』  おかしそうにクスクスと笑う綾子は息子への慈愛に満ちていた。 (どうしたらいいんだろう……)  何が正解なのか衣都には、もう分からなかった。  どうにかなると、根拠のない自信を持っていたのが、滑稽に感じられる。  衣都はただ綾子に知ってもらいたかったのだ。  たとえ自分の恋が実らずとも、響の幸せを誰よりも願っていたこと。  奇跡的に両想いになれた今は、彼を自分の手で幸せにしたいと思い始めていること。  ……けれど、ひとりよがりだと思われたらそれまでだ。  どうあがなえば、許してもらえる?  衣都はピアノの蓋を開け、スツールに座った。  偉大な作曲家の多くは、大いなる葛藤や苦悩の中で作曲活動を続けてきた。  今なら彼らの気持ちがよくわかる。  衣都は鍵盤に指を置き、心のままに音を奏でた。  無力な自分に対する歯痒さや怒りを振り払うように、気が済むまでピアノに没頭していく。  どれくらいの時間が経っただろうか。   ふと異変を感じ窓を見上げれば、小雪がちらついていた。
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