6.梅見の会

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 ◇  梅見の会の当日。  天気は清々しいほどの晴れになった。  先日降り積もった二センチほどの雪もすっかり溶けてなくなり、早咲きの梅の花が嬉しそうに凛と空を見据えていた。 「すごい数の梅の木……」  衣都と響は準備のため、早朝から現地入りした。  数十年ぶりに旧四季杜邸を訪れた衣都は、立ち並ぶ数百本の梅の木に圧倒されていた。  職人の手によって日頃から丹念に手入れされている梅園は、ちょうど見頃を迎えていた。  夜露で濡れ、朝日で光る梅の花。  桜のような華やかさはなくとも、控えめで愛らしい梅の花は素朴で慎ましく感じられた。  梅見の会が開催される旧四季杜邸は大正時代に建築された、鉄筋コンクリート造りの洋館だ。  その設計には本場で学んだ建築家が携わり、当時では珍しいヨーロッパの上級階級を思わせる邸宅は、華やかで品があり、数十年が経った今でも多くの人に愛されている。  たびたび歴史の表舞台にも登場し、政府要人との会合や、海外からの賓客のもてなしに使用された。  四季杜家は大戦を機に、住まいを現在の場所に移したため、都心の一角にある広大な敷地と屋敷は現在、結婚式や会食などの用途で一般に貸し出されている。  ただし、旧四季杜邸を借りられるのは、社交界でも品格と功績が認められた一部の人間だけであった。
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