7.春を寿ぐ旋律

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「そ、それは!」 「とんだ茶番だったわね」    綾子の声を遮るようにして、尾鷹紬がこの場に姿を現した。  綾子が答えずとも、答え合わせが済んでいく。  正体不明の足音は、彼女のものだったのだ。  招待客でもない彼女を敷地の中に入れるよう手引きしたのは綾子だろう。 「綾子さん、いいのかしら?例のあの件、総帥のお耳に入れてしまって」 「いやっ!もうやめて!」  綾子は耳を塞ぎ、その場に崩れ落ちた。尋常ではない怯え方だった。  綾子を虐げた紬の唇が満足げにニンマリと優美な弧を描いていく。  例のあの件とは何のことだかわからないが、綾子が秘密を盾に脅されていることは理解できた。  衣都は紬をキッと睨みつけると、おぼつかない足取りで前へと進み出た。  次の瞬間、パーンと破裂音が廊下に鳴り響く。  衣都の渾身のビンタは、紬の左頬に見事命中した。   「何するのよ!」 「これでおあいこでしょう?文句を言われる筋合いはないはずだわ」  怒りがふつふつと湧き上がり、自分でも制御できそうもなかった。   「おば様を脅して言うことを聞かせようとするなんて!最低だわ!」 「ハッ。言ってくれるじゃない!」  紬は衣都を鼻で笑った。  恨まれるのが自分だけならともかく、綾子まで巻き込んだことがどうしても許せなかった。  二人は睨み合いを続けたまま、動こうとしなかった。 「衣都、やめるんだ。彼女には然るべき手段で、報いを受けてもらうべきだ」  相手にするなと響が冷静に口を挟んだが、衣都は聞く耳を持たなかった。  そのまま醜いキャットファイトが始まるかと思いきや。
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