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綾子の生家は老舗の料亭を営んでいる。
各界の著名人が足繁く通う知る人ぞ知る名店だったが、バブル崩壊の煽りをうけ、一時は廃業の危機に陥ったそうだ。
綾子が秋雪と結婚し、四季杜グループの傘下になることで、抜本的な改革がなされ、経営は持ち直したらしい。
綾子が言うように、お酒の席での過ちがあらかじめ画策されたものだったとしたら、秋雪が怒り狂うことは容易に想像できた。
秋雪にそれと知られたくない綾子が、脅しに屈してしまったのも無理はない。
綾子の兄がうっかり口を滑らせ、紬に秘密を知られてしまったこと自体が、不運としか言いようがない。
話をすべて聞き終わると、響はことさら大きなため息をついた。
「父さん、ちゃんと自分で説明してください」
「いや、しかし」
「父さん」
再度、響に促されると秋雪はコホンと咳払いをして、自責の念に苛まれる綾子の肩に手を置いた。
「綾子、謝るのは私の方だ。響には口止めしていたのだが、私は日本酒一合足らずで前後不覚になるほど酒に弱くない。むしろ、強い方でこれまで一度として酔い潰れたことはない」
綾子は弾かれたように顔を上げ、秋雪をまじまじと仰ぎ見た。
「正直に話すと、美人局紛いのことは綾子が初めてではなかったんだよ。それで、相手をするのが面倒だから、酔って寝たふりをしていつもやり過ごしていたんだ。だから、綾子とは何にもなかったことは、初めからわかっていたんだ」
「寝たふり?じゃあ、どうして私と結婚を?」
「そ、それは……」
核心に迫ろうとすると秋雪は途端に歯切れが悪くなった。
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