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「父さん」
この期に及んでお茶を濁そうとする秋雪を響はジト目で咎めた。
隠していることはこの際、すべてをさらけ出してしまった方がいい。
総帥ではなくひとりの男として、妻たる綾子に自分の気持ちを伝えた。
「酔い潰れたと思い込んで甲斐甲斐しく世話をしてくれる綾子が、可愛くて。妻にするならこの人しかいないと確信したんだ」
「秋雪さん?」
「理由はなんでも良かったんだよ。都合よく慰謝料の話をされたものだから、しきたりを理由に結婚を持ちかけた。そこまで気に病んでいたとは知らなかったんだ。悪かった」
「ああ!」
再び涙を流し始めた綾子を秋雪はドギマギしながら抱き寄せた。
長年夫婦として過ごしていながら、あまりにも辿々しい手つきだった。
衣都と響、律の三人は互いに顔を見合わせると、そっとゲストルームから離れた。今は二人きりにしてあげたい。
「俺、先に帰りますね」
律はそう言い残し、妻子の待つ自宅に帰って行った。
衣都と響は旧四季杜邸に残り、大広間のバルコニーで肩を並べ梅園を眺めた。
よく考えたら、梅見の会の間はゆっくり梅を眺める余裕もなかった。
芳しい梅の匂いを胸いっぱいに吸い込んでいく。ライトアップされた梅の花は夜露に濡れながらも、健気に咲いていた。
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