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しきたりが正式に廃止されたら、しきたりによって起こった誤解やわだかまりはなくなるのかもしれない。
これまで散々しきたりに振り回されてきたけれど、いざなくなると聞くと惜しいと感じてしまうのもまた本心だった。
初めてを捧げた女性を生涯愛し続けていけるのならば、しきたりはそう悪いものでもない。
衣都は響に改めて向き直り、口を開いた。
「あのね、響さん。私、実はしきたりに少しだけ感謝しているんです」
「感謝?」
「しきたりがあったおかげで、しきたりがなくても響さんとずっと一緒にいたいって思えるんです」
「僕もだよ」
響は衣都の顔を手で包み込むと頭を傾け、そっと口づけた。
「僕は君が奏でる音色を、ずっと聴いていたいんだ」
「嬉しい――」
衣都は頬を紅潮させ、響の胸に顔を埋めた。
ひょっとしたらプロポーズのセリフよりも、嬉しいものだったかもしれない。
衣都も同じ気持ちだった。
貴方が奏でる極上の音色が耳から離れてくれない。
初めて出会ったあの日から、今でもずっと。
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