財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる

１．恋とピアノとチョコレート

　ピアノ講師とひとくちに言っても、何を教えるかは生徒の年齢や、習熟度によって様々だ。
　未就園児にはリトミック教室、就園児から小学生までは初心者用のピアノコース、夜は大人向けの個人レッスンや、音大受験コースと、レッスンの内容は多岐にわたる。
　講師としてはまだ半人前の衣都だが、毎日ピアノに向き合う生活は充実感で満ち溢れていた。
　ピアノをこよなく愛する衣都にとって、『コスモスハーモニー音楽教室』は天国のような職場なのだ。

「衣都先生、お疲れ様〜」
「お疲れ様です、樹里先生」

　自分のデスクに戻り、ようやくひと心地ついたかと思うと、今度は向かいのデスクから同僚の神谷樹里(かみやじゅり)に声を掛けられる。

　この音楽教室では衣都を含め六人の講師が働いている。
　樹里は衣都と一番年齢が近い講師であり、衣都にピアノ講師のイロハを教えてくれた先輩だ。

「子ども達は今日も元気だったわね。ここまで楽しそうな声が聞こえてきたわ。衣都先生もお子様の相手ばかりで大変でしょう？たまには大人クラスに配置換えでもしてみる？」

　樹里は衣都をからかうようにクスクスと笑った。