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「兄さんは……しきたりのことを知っていたの?」
「んー?まあな」
律は思わせぶりにお茶を濁し、車のエンジンをかけた。
道中はしばらく無言が続いたが、車が走り出してしばらくすると律がおもむろに口を開いた。
「これからどうするつもりだ?」
「どうするって……」
「考えようによっては、とんでもなくラッキーだぞ。しきたりのおかげで、雲の上の存在だった初恋相手と結婚できるんだ。悪い話じゃないだろ?」
棚ぼたをもっと喜べという律の台詞を聞いて、衣都は膝の上に置いた手をぎゅうっと握りしめた。
「四季杜のおじ様とおば様になんて言えばいいの……」
結婚すると告げた時、二人とも心底驚き……失望していた。
まとまりかけていた縁談をぶち壊すなんて、恩を仇で返すような仕打ちだ。
軽蔑されてもおかしくない。
「響さんはありとあらゆる美女の誘いを蹴って、『初めて』にお前を選んだんだぞ?」
衣都は、うっと呻いた。
なぜ他の女性を差し置いて、自分が選ばれたのか。衣都には皆目見当がつかない。
「覚悟を決めといた方がいい。響さんはお前をみすみす逃がすつもりはないだろうからな」
響の右腕として同じ会社で働く律は、衣都よりもよほどその人柄を理解していた。
その日の夜、借りた布団の中に潜り込んだ衣都はなかなか寝つけなかった。
寝ようと思い目を瞑っても、何度も寝返りを打ってしまい、ますます目が冴えていく。
(大変なことになっちゃったな……)
まるで、いつまでも醒めない夢を見ているような気分だった。
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