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引き出しからボールペンを取り出し、先ほどまでレッスンしていた生徒達のレッスン記録を手書きでつけていく。
(ケイちゃんは、そろそろ次の曲を始めてもいいわね。ユウくんは左手の指運びが苦手みたいだから、もうちょっと覚えてもらいたいな。うーん……)
ひとりひとりの個性と向き合い、最適な指導方法を模索するのも講師の役目だ。
指導者という立場であるものの、保護者からお金を頂いている以上、彼らはお客様だ。
レッスンは厳しいものだけではなく、楽しいものになるように気を配る必要がある。
このさじ加減がなかなか難しく、つい指導が甘くなってしまうのが目下の悩みだ。
衣都は頭をフル回転させ、三十分ほどで生徒全員分の指導記録を書き終えた。バインダーを片付けたら、この日の仕事は終わりだ。
ロッカーに置いておいたトレンチコートを羽織り、仕事用のトートバッグを肩にかける。
タイムカードを押し、事務室を出ようとしたところで、再び和歌子と遭遇する。
「あら、今帰り?ちょうどいいところで会ったわね、衣都先生。来月の発表会のパンフレットが届いたから、四季杜の奥様に届けてもらえないかしら?」
「私が、ですか?」
予想外の頼まれごとに、衣都は目を瞬かせた。
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