3.財閥御曹司の熱情

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「今日は随分と悩ましい弾き方なのね。何か悩み事でもあるのかしら?」  拍手をしながらレッスン室に入ってきたのは和歌子だった。 「衣都先生は、昔から音に感情が乗るタイプよね。ピアノの前では嘘がつけない」  和歌子は衣都をからかうように、朗らかに笑った。  衣都はかつて音楽大学を受験する際、綾子の紹介で和歌子に指導を仰いだ。その時も同じ指摘を受けている。  何年経っても進歩がないと言われているような気がしてなんだか恥ずかしい。   「お見苦しいものを聴かせてしまってすみません……」 「別に謝ることないわ。悪いと言っているわけではないのよ?口下手なあなただからこそ、強く宿るものがあるのね」  長年、音大受験に挑む学生の指導にあたってきた和歌子にとっても、衣都のピアノの聞こえ方は珍しい部類に入るらしい。 「その調子で未来の後輩も指導してちょうだい」 「はい」  自分の置かれている状況は、レッスンを受けにくる生徒には一切関係ない。  衣都は気を引き締めると、いつも以上の熱意を持ってその日のレッスンに取り組んだ。
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