3.財閥御曹司の熱情

9/22
前へ
/96ページ
次へ
「樹里先生、また来週!」  衣都は響の背中を押し、あたふたとその場から連れ出した。  ビルから充分離れたところで路地に入り、響と対峙する。 「なんで勝手に……!」 「別に構わないだろう?結婚するのはもう決まっているんだし」 「そ、れは……」  衣都は口ごもり、目を伏せた。  たとえ響には決定事項だとしても、衣都はまだ決心できないでいる。  なんの後ろ盾もない自分が四季杜家の人間になる。  しきたりに従う形とはいえ、荒唐無稽な話だ。  常識の恋心の狭間で、衣都の心はゆらゆらと揺れ動いている。  響は腕時計に目を落とすと、すっと話題を変えた。   「ところで、お腹空いてない?夕食に誘おうと思って、迎えにきたんだ」 「夕食ですか?」 「うん。たまには外で食事するのもいいかと思って」  反省を促したところで本人にその気がなければ、のれんに腕押し、馬の耳に念仏だ。   「……わかりました」  衣都は仕方なく怒りの矛を収めた。確かに空腹を感じていた。  かといって、今更、樹里のもとにも戻れない。 (一生、響さんには敵わない気がする……)    衣都は駐車されていた車に黙って乗りこんだ。  よくよく考えてみれば、響と二人きりで食事に出掛けるなんて初めてだ。嬉しくないと言ったら嘘になる。
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

484人が本棚に入れています
本棚に追加