3.財閥御曹司の熱情

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「足元が揺れるから気をつけて」  他の人に倣って乗船しようとすると、響が腕をくの字に曲げ、肘に掴まるよう促してくれた。  出発時刻になるなり、汽笛と共にクルーズ船が動き出していく。  クルーズ船の中は四階建てだ。  一階はロビー、二階と三階はレストランフロア。四階にはバーラウンジとオープンデッキ。  二人は支配人だという壮年の男性に、三階にある個室へと案内された。 「素敵……」  クルーズ船の中から見る街の風景は、眩く光り輝いていた。  街と湾岸エリアを繋ぐ橋の下をくぐり、工場夜景で有名な工業地帯を抜けていく。  出発して三十分ほどすると、食事が運ばれてきた。  旬の食材を使った前菜、濃厚な赤ワインのソースがかかったブランド牛のステーキ。黄金色の泡が弾けるシャンパン。  船の上とは思えないほどの、ご馳走だった。 「美味しいです」 「衣都の嬉しそうな顔が見られて嬉しいな。シェフにも伝えておくよ」  ノクターン号は、響が副社長を務める『四季杜海運』が所有するクルーズ船だ。元々は別会社だったが、経営難で苦しんでいたのを響が自ら拾い上げた。  響は昔から海と船が好きで、小型船舶免許も持っている。レジデンスには大海原の油絵も飾ってあった。  ノクターン号が廃船になるのが惜しいと感じたのだろう。  買収には双方から大きな反発があり、再建には非常に手を焼いたと、律がぼやいていていたのを思い出す。  自分の手柄をひけらかすでもなく、苦労自慢をする気もない響の超然としたところがすごいなと思う。
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