財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる

３．財閥御曹司の熱情

　レストランを出た二人は最後に四階のオープンデッキにやってきた。締め切られていた扉を開けると、びゅうっと風切り音が耳のそばを通り過ぎていった。

「風が強いですね」
「海の上だしね」

　二人はデッキの先端にやってくると、手摺りにもたれかかり、静かに揺れる水面を一緒に眺めた。
　クルーズ船はざっざっと水飛沫を上げながら、真っ暗な闇を進んでいく。
　月は雲で滲んでいて、儚く頼りない。
　つい先ほどまで見えていた街の景色がもうあんなに霞んでいる。
　キラキラと輝いていた都会も、ここでは淡く光る薄明かりにしかならない。

「海から見ると全然違う風景になるんですね」
「そうだね」

　途方もなく広い海の上ではこのクルーズ船ですら、草船のようなちっぽけな存在に感じられた。
　……どこへでも行けそうで、どこへも行けない。
　身体がにわかに震え出し、鳥肌が止まらなくなる。
　海風にあたりすぎたせいなのか、自分の行く末と重ねたせいなのか、わからなくなる。
　自分の身体を抱きしめていた衣都は、ふいに温かいものに包まれた。
　響がデッキに降りる乗客向けに用意されていたブランケットを肩にかけてくれたのだ。