3.5.君にしかけた甘い罠

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3.5.君にしかけた甘い罠

(大人しい子なんだな)  響が最初に衣都へ抱いた印象は、ごくありきたりなものだった。  衣都の父親が経営を担っていた『三宅製薬』は、この年、大変な苦境に立たされていた。  元々経営状態が芳しくなかったところに、大手製薬会社からM&Aを仕掛けられたのだ。  製薬会社の狙いは三宅製薬の持つ創薬技術の特許だった。  これまで徹底した一族経営により事業継承を行ってきた三宅一族だったが、昨今の経営状態を鑑みた結果、M&Aを受け入れるべきだという賛成派が多数現れた。  三宅一族は賛成派と反対派に分かれ、お互いの利益を主張するようになった。  要するに、血で血を洗う御家騒動へと発展したのだ。  そこへ追い打ちをかけるように、取締役である衣都の父親が交通事故によりこの世を去った。  遺産として三宅製薬の株式を譲り受けた二人は、意地汚い大人達に囲まれ、選択を迫られる。  この頃になるとマスコミも三宅製薬の御家騒動を面白おかしく騒ぎ立て始めた。  御家騒動の渦中にある悲劇の兄妹を、誰も放っておいてはくれない。  心ない親戚からの罵声。  あるいは真逆の甘言。  自分たちの利益しか考えないハイエナのような汚らわしい大人達。  両親の死を悼む時間すら与えられない、過酷な日々。  秋雪が彼らの法定代理人として名乗りを上げなければ、事態は沈静化しなかっただろう。  会社名義だった家屋敷を追い出された三宅兄妹がしばしの間、四季杜家の屋敷に身を寄せることになったのは致し方がない結論だった。
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