3.5.君にしかけた甘い罠

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 ◇   (ピアノ……?)  その日、響はカウチソファに寝転がり、本を読んでいた。  一定間隔でページをめくり、文章に没頭していた響の耳に、突然鮮烈なピアノの音が飛び込んできた。  普段なら気にも留めないが、今日に限ってはなぜかその音色に興味を引かれた。  四季杜家の屋敷には、グランドピアノがある。  響は中学校を卒業するまでピアノを習っていたからだ。  本気でピアニストを目指していたわけではない。  四季杜の後継者としての教養を身に着けるために、習わされていたのだ。  したがって、響自身はピアノが好きでも、嫌いでもない。 (誰が弾いているんだ……?)  響がピアノをやめて以来、この屋敷にピアノの音がするのは初めてのことだった。  響は想像を膨らませながら、自室を出て廊下を歩いた。  ピアノは屋敷の中ではなく、イングリッシュガーデンを抜けた離れに設置されている。  ピアノに近づいていくにつれ、音の厚みが増し、鋭さが際立っていく。  響は離れの窓から、こっそり中の様子をうかがった。  そして、スツールに座る人物の横顔に、目を見張ったのだった。  ――ピアノを弾いていたのは制服姿の衣都だった。  大胆に身体全体を揺り動かしながら、一心不乱に指を動かしている。  真剣な眼差しはひたすら鍵盤に向けられており、覗き見している響に気がつく様子はない。
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