3.5.君にしかけた甘い罠

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  ◇ 「ご機嫌ですね」 「そう?」  四季杜財閥の中で海上輸送を担う『四季杜海運』の副社長室には、荒れ模様の冬の海とは真逆の穏やかな空気が流れていた。  衣都に結婚を承諾させた響はここのところ、かなりの上機嫌だった。  朝は同じベッドで目覚め、夜は最愛の女性を愛で溶かし腕の中に閉じ込めて眠る。  ああ、なんと幸せなことか。  満ち足りた生活を送り、心が弾んでいる響とは打って変わり、律は何とも言えない渋い表情だった。 「何があったのか聞かないのかい?」 「身内のコイバナなんて聞きたかないです。勘弁してください」 「つれないねえ……」 「響さんの機嫌を取るのは俺の仕事じゃないんで」  長年、響の秘書として働いておきながら、この発言である。  響は律の誰にも迎合しないところを、非常に気に入っていた。  しかし、あらゆる人間が弱点と呼ぶべき弁慶の泣き所を持っている。  響は更に一歩踏みこむことにした。 「僕の機嫌を取っておけば、三宅製薬を取り戻せるかもしれないのに?」  意地悪をしたかったわけではない。  何事ものらりくらりとかわす律が一体どういう反応をするのか、純粋に気になったのだ。 「実際、そういう話はちょこちょこありますね」  律は怒るでもなく、嘆くでもなく、やれやれと面倒臭そうに首の後ろをかいた。
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