4.蜜月の果てに

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「あ、なたは」  衣都を待ち伏せしていたのは、発表会の日、綾子と一緒にいた――尾鷹紬だった。  仁王立ちで立ち塞がる彼女は、ギロリと衣都をひと睨みした。   「その様子だと貴女のせいで私がどんな思いでいるか!想像すらしていないようね?」 「ご、ごめんなさい……」  彼女はロイヤルローズの口紅を引いた唇を醜く歪め、衣都への嫌悪感を隠そうともしなかった。  衣都は身を縮こまらせ、ひたすら謝るしかなかった。  紬が言っていることは正しかった。  衣都はこの瞬間まで、自分の身に降りかかった『結婚』に気を取られ、途中で梯子を外された彼女を慮る気持ちが抜け落ちていた。 「あの人の周りをうろちょろしているだけなら、まだ許してやったのに。まさか、貴女ごときに横取りされるなんて。本当に、最低な気分よ!」  ヒールをかき鳴らしながらつかつかと近づいて来たかと思うと、突然、目の奥に火花が散った。  頬を叩かれたのだ。 「何とか言いなさいよ!この泥棒猫!」 「ごめんなさい」  何を言っても言い訳にしかならないと、衣都も重々承知している。  非難を甘んじて受け入れる覚悟で、紬を見据える。 「ふざけんじゃないわよ!」  そんな毅然とした態度が気に入らなかったのか、紬は激高し持っていたハンドバッグを容赦なく衣都に叩きつけた。  何度も繰り返される攻撃に、歯を食いしばり痛みに耐えた。  通行人が騒ぎに気がつき始めた頃、ようやく気が済んだのか、やがて攻撃がおさまった。  鬱憤を晴らした紬は、肩で大きく息をしていた。 「何が『しきたり』よ!くだらない!」  紬は衣都の胸倉を掴み、勝ち誇ったようにこう言った。
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