521人が本棚に入れています
本棚に追加
衣都はなんとか気力を振り絞り、レジデンスまで戻った。
「腫れてる……」
鏡の前に立ち、自分の顔を改めて確認すると、頬が赤く腫れあがっていた。
冷蔵庫から氷を取り出し、頬を冷やす。
(そうだ、響さんに行けないって連絡しなきゃ)
頬が腫れた状態で出掛けたら、十中八九何があったのか聞かれてしまう。
椅子に置いたハンドバッグからスマホを取り出そうとしたが、片手が塞がっていたせいでうっかり床に落としてしまった。
「ああもう!」
苛立ちながらスマホを拾い上げようと身体をかがめると、なぜか涙が一緒に零れ落ちた。
(他の女性とホテルに行ったってどういうこと?私達、あのしきたりのおかげで結婚できるんじゃないの?)
響は相手が誰だろうと、自分の意に沿わぬことは絶対にしない。
女性とホテルに行ったのは響の意思に他ならないということだ。
『初めて』でなければ、衣都と響が結婚する大義名分が失われてしまう。
(響さんは嘘をついていたの?)
ただでさえ降って湧いたような結婚なのに、これでは何が正しいのかわからない。
衣都はぎゅうっと自分の身体を抱き締めた。
愛していると言ってくれたのは、嘘?本当?
「信じてもいいんですよね?」
衣都の行く手にはどうやっても晴らしようのない分厚い暗雲が立ちこめていた。
最初のコメントを投稿しよう!