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紬の話を聞いて、正直ショックだった。
響が何人もの女性と遊び歩いていたことはもとより、"初めて"だと嘘をつかれていたことに、ひどく打ちのめされている。
(愛していると言ってくれたのも嘘なの?)
性急な結婚話の真相を本人に直接尋ねる勇気はなかった。
ひょっとしたら、一緒に暮らしている今でも、他の女性と関係を持っているのではないか?
(そんなの嫌っ!)
響の熱い吐息を、甘く囁く声を他の誰かに知られていると思うと、絶望しか感じられない。
名前もわからない女性達に対する嫉妬の炎で焼き尽くされそうだ。
ひとつ疑い出したら、あれもこれも嘘だったのではないかと簡単に揺らいでしまう自分が嫌だった。
(何も考えたくない)
衣都は現実を受け入れるのを拒絶し、ぎゅっと固く目を瞑り、耳を塞いだ。
そうしているうちに、いつの間にか寝入ってしまったのだった。
ガタンと何かの物音がして、衣都はまどろみの中から目覚めた。
ベッドから窓を眺めるとカーテンの向こう側はすっかり暗くなっている。スマホで時刻を確認すると夜の九時を過ぎていた。
(響さんが帰ってきたのかしら?)
デートをキャンセルしたことを謝ろうと、衣都はベッドから起き上がり、ドアノブに手をかけた。しかし、扉を押し開く前に異変に気がつき、動きをとめた。
……響とは異なる話し声がもうひとつ聞こえてくる。
「本当にしきたりを廃止するつもりですか?」
「ああ、そうだ」
響に質問を投げかけているのは律だった。
衣都は扉に耳を当て、神経を研ぎ澄ませた。
今、しきたりを廃止すると聞こえた。
一体どういうことだろう?
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