5.不協和音

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「四季杜の人間の中には、しきたりを守っていない連中の方が多い。あのしきたりは最早、意味を成していない」 「まあ、そうですよねえ」 「『初めて』かどうかなんて、所詮自己申告だしね。これまで放置しすぎたんだ」  響は心底うんざりしたように、ため息をついた。 「なにも、今このタイミングで廃止にしなくてもいいんじゃないですか?」 「律、僕はね。僕の人生の邪魔をしたあのしきたりが、いまだに存在していることが腹立たしいんだ。品のない言い方をするならば、『しきたりなんてクソ食らえ』とも思っている」  口調こそ丁寧なものの、響は本気で怒っている。それが伝わっているのか、律はそれ以上反論をしなかった。 「はいはい。わかりましたよ。ご親族の皆様への根回しはこちらでやっておきますんで」 「助かるよ、律」 「あ、衣都に『お大事に』と、伝えておいてください。あいつ、昔から何かに集中すると他のことが疎かになるんで、無理しすぎだと思ったら適当なとこで注意してやってください」 「ああ、わかってる」  律の声が聞こえなくなってまもなく、玄関の扉が閉まる音がした。  しばらくすると足音が近づいてきて、衣都は急いでベッドに戻った。  頭から布団を被ると、数秒後に扉がノックされた。 「衣都?寝ているのかい?」  返事をしないでいると、響は衣都を起こさぬよう静かに部屋に入ってきた。  衣都は息を潜め、狸寝入りを続けた。身動きしないよう身体を縮め、息を張り詰める。  響は衣都が寝ていると思い込み、枕元に水分補給用のイオンウォーターやゼリー飲料を置くと、そっと部屋から出ていった。
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