5話:三人で

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5話:三人で

 フライシュは思う、幸せというのは諸刃の剣だ。  一度手にすれば心地よいが、次の不幸は今まで以上に苦しいものになる。幸せさえなければ不幸の痛みは最小限になったはずなのだ。  一方で。  幸せというのは人から教えてもらって初めて理解できるものだと思われる。一人でたどり着くのは不可能だ。書物や一人きりの食事、もちろん強奪によっては得られない。幸せというのは受け継ぐものかもしれない。  だから、温もりを知って幸せを感じた日々は、(おもり)であってかけがいのない宝なのだ。  ダティーレがフライシュと名付けて次のダンジョンがある街に移動し、ダティーレはギルドへ行ってクエストをこなして稼いでいた。その間、ヘローエがフライシュに言葉を教えていたのだが。  帰ってきたダティーレは汗を布で拭きながら部屋に入ってきた。  みるみるうちに顔を赤くして、怒りで血管が浮き出る。  水を掛けたらすぐに煙に変わりそうだ。 「ああ、何しているの。ヘローエの卑怯者!」  帰ってきたダティーレの一言目に、フライシュは驚く。 「いきなり大声を出すなよ」 「で、ヘローエ。どういうことよ?」 「言葉を教えていたんだ」 「ずるいわ。私、次に教えたいのはダティーレ姉ちゃん綺麗! って決めているのに」 「やめてやれよ」 「いいでしょ? 拾ったのは私なんだから」 「互いが互いに得意なことを教えればいいんだろ?」 「じゃあ私はマナーとか?」  ヘローエが首を傾げる。  フライシュもつられて『?』を浮かべる。 「ないだろ」 「そ、そんなことないしい」 「動揺している」 「分かったわ。私は綺麗なお姉さんとの接し方について教えるわ。殿方は綺麗なお姉さんに緊張するもの。フライシュ君が生きていくためには、綺麗なお姉さんと上手く接して騙されないようにして、扱いを慣れさせてモテモテにするわ! 期待しなさい」  ヘローエは拳でダティーレを成敗する。  こぶが膨れた。 「痛いじゃない?」 「ダティーレは戦い方とかだろ? 現役最強って言われているし」 「私はスキル持ちだから。それに私はヘローエと戦ったことないし、きっとヘローエが美少女だったら現役最強と呼ばれていたわ。この世の中は美少女が優遇されるように言うもの」 「自分でよく言うよな。でも最強には変わりないだろ」 「なら分かったわ。身体も戦い方も鍛えてやる。任せなさいな」 「ああ」  それから。  ダティーレとヘローエは交互にギルドのクエストで稼ぐ係とフライシュの教育係を行っていた。  街を移動しても同様に続ける。  一年、また一年とフライシュは成長していく。 「フライシュ君、今たぶん十才くらいかな。十五才になったら能力の鑑定があって、それから職業を決めることになる。その前に鍛えるわよ」 「うん。しちょー、僕頑張る」  フライシュはだんだん話せるようになった。  しちょーとは師匠のことである。 ダディーレとしてはお姉さんと呼ばせたかったが、言葉を教えているのはヘローエだった。このことについては、ダティーレは納得できていない。  さらに一年、また一年と過ぎる。  言葉を知り、戦い方を学び、二人の冒険者によって幸せに育っていく。  そんなあるとき。 「防具を買おう、フライシュ君」 「防具? 師匠がいつも使ってるやつ?」 「その通り! 私とヘローエからのプレゼントです!」 「どうして?」 「今度から実戦経験を積むことにした。一流冒険者が二人となれば簡単なクエストなら同行できるはずだ」  ヘローエが補足する。  こうして、剣と物理ダメージ軽減の魔道具であるペンダントを買ってもらった。  三人はダンジョンに潜る。  全六階層で、だんだん下っていくダンジョンである。  なおダンジョンには塔のような上っていくスタイルもある。 「じゃあ見てて、フライシュ君」 「うん!」  ダティーレが狼型の魔獣を斬る。  それからフライシュが真似をする。  魔獣の引っ掻き攻撃や噛みつき攻撃を余裕の表情で回避して、そのまま斬る。 「やはり私の見込み通りだね。結構無理したつもりだけど」 「無理だと思って挑ませたけどな。初心者なら逃げて当然の魔獣だぞ」 「流石一流冒険者に追われていた小さな盗人だね。あの動きも、強さも、きっと英雄の魂がこもっているよ」 「それは大げさだ。親馬鹿かよ」 「悪い? けど、ヘローエが言えないでしょ。言葉一つ覚える度に馬鹿みたいに高いおやつを売店で買い与えていたみたいだし」 「はあ? 悪いかよ」 「いいえ。でもお互い様でしょ、親馬鹿は」  実戦経験を積んだフライシュは能力を伸ばし、スキル鑑定まで残り二年の頃には正式な冒険者ではないが、小さなダンジョンを一人で踏破するほどに成長していた。  三人でダンジョンを攻略した夜、三人は一緒に布団に入って眠る。  ヘローエとダティーレの間にフライシュがくるようにして。 「十五才でスキル鑑定だけど、実際は何才だと思う?」 「俺にも分からないが、鑑定のときに年齢が分かるはずだぞ?」 「絶対十五才のときにやれって意味ではないし。幼いうちに知ってしまうと絶望したりスキルを派手に使ったりするから十五才ってだけだし」 「あまり幼いと能力が上手く鑑定できなくて評価が大きくぶれてしまうこともあるらしいけど、大丈夫だろ」 「そうだね。ねえ、ヘローエ」 「なんだ?」 「あの子、どんな人間になるのかな」 「さて。でも悪いやつではないのは確かだ。全く、父と母みたいな感じだな」 「なにそれ、照れる!」 「冗談か本気かどっちだ?」 「どっちだと思う?」 「変顔するな、冗談一択だろ!」 「怒らないでよ、フライシュ君が起きてしまうでしょ」 「この卑怯者が」  ヘローエは静かに怒る。  おかしくてダティーレは笑う。  ヘローエは真面目に怒っていたが、ダティーレの笑顔を見ると表情が緩んでしまって、結局は笑顔になってしまう。  フライシュは僅かに目を開けて見て。  ヘローエとダティーレが寝息を立て始めると、フライシュは温かい布団でゆっくりと眠るのだった。
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