エピローグ:成長

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エピローグ:成長

 フライシュはSSランクスキルを持っていると知ってからは、いっそうヘローエの稽古に精を出すようになった。  山の麓を一部開拓した土の上で、フライシュとヘローエは木の棒を持って向かい合う。  それにしても、とフライシュは思う。  師匠であって育ての親であるダティーレを探すという目標のためには、冒険者になる必要がある。  そのための最も大きい障壁は年齢である、まだ十一才で四年以上待たなくてはならない。 「フライシュ、考え事か?」 「うん。ごめんなさい」 「いや、怒ってはいない」 「わざわざ稽古してもらっているのに考え事ばかりで」 「冒険者になりたいんだろ? スキルを持っていない俺にはスキルに扱いは教えられないが、剣技や戦い方は教えられる。ダティーレだけじゃない、俺だって育ての親だ」 「ありがとう」 「だが教えるのは得意ではない、だから俺に対応しろ!」 「うん!」  木の棒とはいえ気迫がある。  ヘローエの全力を受ければ無事では済まない。  フライシュは構える。 『フライシュ、本当は冒険者にならない道を示してやりたかった』  ヘローエの声が聞こえた。  鑑定を受けたフライシュは、その声がスキルによって共有された心の声であると知っている。  本音だ。  だから、応えたい。 「冒険者になる」  その道は己で決めた。  ダティーレを見つけたい、そのために。  ヘローエの軽快な足運び、放たれる一閃の太刀筋。  フライシュはヘローエの攻撃を、身体を捻って流す。  力で劣るフライシュが直撃を避けるためには無駄な動きが増える。  それは隙になる。  ならば。 「いい跳びっぷりだな」  フライシュは翻って跳ぶと一瞬だけヘローエの棒に乗って体勢を整える。  ヘローエの捌きを避けて一気に距離を詰めると、ヘローエの回し蹴りが間に合う。  フライシュは体勢を崩してでも威力を殺して後方に飛ばされ地面に身体を打つ。 「焦るな。勝ち負けは能力の差ではない、攻撃が届いたかどうかだ。実際の強さなど関係ない。油断はするな、優劣がひっくり返るぞ」 「うん」  フライシュは少しずつ稽古の中でヘローエの動きに慣れていった。  フライシュは稽古で戦いを知る、村の人々に狩りや知恵を教えてもらう。  スキル持ちはここにはおらず、フライシュが持つSSランクスキル『共有』の真価は発揮されないが、心の声を聞くことができるため、それはそれで便利であった。  あるとき、家で夕食として焼き肉と山菜を食べながら、フライシュはヘローエの話を聞いていた。 「フライシュ、スキルのことだが。スキルの共有はどうにもできないが、主に身体能力の共有はできるんじゃないか?」 「身体能力、たぶんできるよ」  フライシュは目を閉じる。  ヘローエの頬に手を当てた。 「きっとこうやってやる」  スキル『共有』発動。  身体の芯が温かくなる。 「身体が少しずつ重い。でも力が漲る」 「ふーん。いわゆる俊敏性が低下して他の能力が上がっているのか」 「これがヘローエさんの力」  フライシュはフォークで肉を刺す。  その瞬間、フォークが底まで届くと皿にひびが入って、すぐに広がってしまう。  ヘローエはあちゃー、と割れた皿から視線を反らす。 「これって、」 「フライシュよ、ドン引きしないでくれ! 俺そんな化け物か?」 「あ、いや、うん。これを制御していたの?」 「ここまでとは思わないが、ってああ!」  ヘローエもフォークで皿を割ってしまう。 「強化されているな」 「これが僕のスキル」 「なかなか強力なものだな。フライシュ、きっと最強の冒険者になれる。俺が導く」 「うん」 「それはそれとして。散らばった皿の破片を片付けないと」 「手伝うよ」 「危ないだろ」 「慣れないと。いつも守ってもらうのはそろそろ終わりにしないとだから」 「そうか。このこの!」  フライシュが破片を手に取ろうとすると、ヘローエがフライシュを持ち上げて離す。  脇をくすぐるとフライシュが暴れる。 「わわ!」 「親としての役割くらい果たすさ」 「意外と親馬鹿」 「どうだろうな」 「今更澄ました顔をしても無理だよ」 「はあ? 別に俺は親馬鹿じゃない。一般論だ、一般論!」 「分かったから下ろしてよ、ヘローエさん」 「はいはい」  フライシュを座らせると、ヘローエは破片を拾う。  急いだからか指を切ってしまった。 「ほら、焦っている」 「フライシュ、大人をからかうな。それとな、親馬鹿でないがいつだって、俺はフライシュのことを心配している。俺が無理をせず絶望したままでいられずここまで頑張ってきたのは、フライシュがいたからだ。ダティーレはフライシュがいれば無理ができなくなると言っていた。だから、俺は無理をするなと言いたい」 「僕は、」 「フライシュ、お前は自由だ。無理だってしてもいい。自由なんだよ、だが俺はそれでも、フライシュを愛している」 「ありがと。でも急に改まってどうしたの?」 「年なのかもな」 「でもまだ働き盛りじゃないの?」 「間違いない」  破片を拾い終える。  ヘローエの指の怪我を見て、フライシュはポーションの使用を勧めたがヘローエは平気な顔で笑う。 「あ、身体が軽くなった。でも少しだるい?」 「マナというものを消費してスキルを使ったからだ。スキルの継続が切れたから能力が戻った、俊敏性が戻った。でもマナを使ったから身体が重くなった。そういうスキルとかマナとかをもっと教えるべきだと思うが正直な話分からない」 「なるほど」  フライシュは手を広げたり握ったりする。 「知らないことは危険だ。でも、知っていくことは楽しい。フライシュ、可能ならダティーレを見つけてほしい」 「もちろん」 「だけど、そこに続く道はきっと楽しい。困難がないわけじゃない。きっとそれが生きるということだ」 「僕は僕の人生に期待する!」  フライシュは笑う。  ヘローエはフライシュを見て目を反らした。  眩しい、だけじゃない。  フライシュの成長していく姿は少しだけ寂しいものだ。
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