1話:冒険者の資格

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1話:冒険者の資格

 紺青色の短髪、すらりとした脚を魅せる短いズボンに、白いマントを着た青年は、靴紐を締め直して石畳を進む。  シャンデリアが暖色に照らしていて、壁に沿って鮮やかな花々が咲いている。  その先に足を踏み出す。  爽やかな風が吹くと、髪がふわりと浮いて、開けた景色に変わる。  青年の名前はフライシュ、冒険者になるためにここに来た。  ギルドには、冒険者の資格がいる。  元は簡易的な試験だったらしいが、今は採集クエスト・魔獣の討伐クエストを経てその成果を評価することで冒険者ランクを与えられる。  最低評価であれば冒険者の資格は得られない。  草原。  木製の椅子の周りを黄色の花が囲んでいる。  その椅子に少女がいて、黄緑色の髪がすらりと伸びて地面に着いている。  手の甲に蝶を乗せてゆっくりと深呼吸をしている。 「私は試験官兼Aランク冒険者のキーファです。試験は協力することもできます。    ただし、常に個人としての評価も見られているので、個々としての能力を発揮してください。今回はこの先のダンジョンで、紙に書かれているものを集めてきてください。  点数付けがあるので、その点数に応じてランクが決まります。それと見習い同士での殺し合いなどは禁止です。見つけ次第、私が殺します」  フライシュはキーファをじっと見る。  ふわふわとした不思議な雰囲気を纏う少女であるが、荒くれ者のような冒険者志望たちに囲まれても一切の警戒がない。  キーファは紙を配る。  そこには薬草や魔獣、鉱石が描かれていて点数がそれぞれ付けられている。 「私は時々監視していますのでどうぞ。時間は一週間です」  キーファが言うと、赤髪で筋肉質の男ビルドゥングが巨大な金槌を引き摺りながらダンジョンへ行く。 「全く一週間も拘束されるのかよ」  ビルドゥングが姿を消すと、冒険者志望は次々と歩きだす。  フライシュはキーファから目を離せないでいた。  キーファはようやくフライシュの視線に気づく。 「キーファさん」 「どうかしましたか?」 「まだここにいてもいいですか?」 「ダンジョンで点数を稼げなければ冒険者になれませんよ」 「でも」  フライシュは、地面にしゃがんで項垂れるような姿勢で目を閉じている少女を指差す。  鼻から風船を作って気持ちよく寝ている。  手には木目がはっきり見える杖を持っている。 「なら起きるまで私がいますよ」 「僕もいます」 「この子が気になっているのですか?」 「試験会場で眠り続けているので」 「ミューデという少女みたいですね。あなたと同じで十五才、鑑定直後に試験を受けに来たみたいです」 「そうですか。待っています」 「もうみなさん行かれましたよ」 「それでも待っています」  フライシュはミューデという少女を見る。  睫毛が長い、肌が綺麗で、髪が滑らかな光沢を持っている。  頬はふっくらしていて触り心地が良さそうだ。  と、つい手を伸ばしてしまったときだった。  くしゅんとくしゃみが聞こえる。  周りを見渡すとキーファのものだった。  ただし、目を瞑って寝息を立てている。  キーファもミューデも眠っていて、穏やかな自然の中フライシュだけが優しさを感じる。 「ふわあ、むむむ」  ミューデは欠伸をする。  それから頬を手で叩いて、口を閉じたままでもごもごと動かす。  目は閉じたままだ。 「ミューデさん、そろそろ行きませんか?」 「む、むむむ! ここはどこ? 試験会場」 「はい、ミューデさん。私は試験官をさせていただくAランク冒険者のキーファです」 「むむむ。私はミューデ。どんなに最強なダンジョンも私にかかれば容易に眠らせることができる。ということでもう一寝入り」 「……、こういうことを志望者に言うのはよくないですが。また眠ってしまったようなのでダンジョンまで運んでいただけませんか?」  ミューデは寝た。  流石の不思議ちゃんのんびり系冒険者のキーファにも焦りが見え、ついにフライシュにミューデの面倒を頼むことになった。  フライシュは文句ひとつも言わず、というよりずっと眠るミューデが心配だったらしく、ミューデを背負って歩く。 「飛ぶ目玉です。これはダンジョンで集めた魔道具の一つで私の目とマナで繋がっており、監視することができますが、疲れるので時々確認する程度です。自分の命は自分で守るようお願いします」 「丁寧にありがとうございます!」  目玉を投げると宙に浮く。  フライシュとミューデで一つずつ。  キーファはフライシュの背中を見ていた。  フライシュが見えなくなると、背が高く美しい女性が石畳からやって来る。 「キーファ様、椅子を回収しにまいりました」 「?」 「どうかされましたか?」 「いえ。初々しいですね、冒険者志望の方たち。未来の宝ですから」 「キーファ様、本当にそう思っていますか?」 「え、どうして?」 「未開拓ダンジョンを使った試験は過去一度もないみたいです」 「……そうですか? ダンジョン攻略するのが冒険者でしょう?」 「あくまで試験なので」 「人たくさんいるし難しめなところ選びました」 「キーファ様、これで合格者なし、ほぼみんな死亡って結果になったらどうするんですか?」 「ふわあ? 今からでも私が魔獣倒しに行った方がいいのでしょうか??」  キーファは涙目になって女性に抱きつく。  豊満な胸に顔を埋めて頬ずりをする。  拳が下った。 「キーファ様、ふざけている場合ではありません。ギルド協会は冒険者志望の死者数ゼロを目指しています」 「ごめんなさい。ですが、」 「キーファ様、行きなさいッ!」 「この、鬼! だって弱いやつが冒険者になってもすぐ死ぬだけだし、いつ死んでも変わらないですよ。まだ風を感じていたいです」 「キーファ様、世の中のほとんどは強者ではありません。強くはないけど一般住民のために役立つくらいの層も存在します。そういった人たちを失わないようにしたいとのことです」 「それは強者が頑張ればいいですよお。弱者を何人集めても、」  意味ないでしょ、と続けようとしたが。 「ならキーファ様は働けますか?」 「そんなー!」  正論を言われてしまえば返す言葉もない。 「そういうことです」 「分かりました。行きますから。鑑定結果で合否付ければ楽なのに」 「文句ばかり言ってないでさっさと行きなさい」 「少し小言を言っただけです」  キーファは諦めてダンジョンへ行くことになった。  溜息をつく。 「生きる伝説のダティーレさんがいなくなってから迫力のある話を聞かなくなって退屈です。Aランク冒険者って理由で厄介ごと回されて嫌になってしまいます」  風が吹く。  花弁が舞う。  キーファが指を鳴らした。  花弁が空中で静止した。 「冒険者になって得をするには強者だけですのに」  キーファは青空を見る。  仕事が増えた、憂鬱だ。
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