2話:眠りの姫

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2話:眠りの姫

 草原の奥に盛り上がった岩のようなものがある。  中央に澄んだ水が溜まっていて、青く染まった湖を形成している。  水中には鱗が激しく輝く小魚が泳いでいる。  その周りの岩はよく見ると穴が三つ空いている。 「紙には『巨人の鼻の孔』と記されています。この中の一つを選んで入ればいいってことですよね?」  フライシュはミューデを背負ったまま滑り込む。  尻と足を使って踏ん張ろうと奮闘するが、なかなかブレーキが利かない。  焦るのはよくない。  止まらないッ!  そう考えて必死に頭を回転させていると尻から衝撃が伝わる。  フライシュはミューデを背負ったまま身体を起こして進む。  湿っていて背丈の高い草が生い茂っている。  泥が絡みついて歩きにくい。 「むむ」 「ミューデさん?」 「起きる」 「どうぞ」  ミューデを下ろす。  瞼を僅かに開けた細い目でフライシュを見る。 「変態。これはピンチ」 「ええ?」 「寝ているうちに変態に誘拐。悲しい」 「ごめんなさい。でも誤解です、変態じゃないです。試験官のキーファって人にダンジョンへ連れて行ってほしいって言われていて。君を背負ってここまで来ました」 「ふむ。ノー変態?」 「うん。信用できないなら離れますから。ここから一人で行くから」 「違う。一緒にいる。ノー変態なら面倒を見て。私寝たい。でも冒険者にはならないといけない。それが私の使命を達成するために必須」 「でも個人で点数稼がないと冒険者にはなれないって」 「私、意外と戦える。魔獣を倒して合格する。それ以外は養って。ご飯食べたい」 「食料はない。……一週間の試験じゃないか。点数を稼ぐだけでなくて一週間生き延びるための水と食料の確保が必要ってことか」 「眠い、半分寝る。『平行(パラレル)』」  ミューデはぐったりとしたまま歩き出す。  鼻に風船を作ってゆったりとした呼吸に変わる。 「半分寝る?」 「そう。今はもう半分の意識で話している。もう半分は眠る。魔獣と食料、水を見つけたら覚醒したい。教えて」 「ハハハ。僕と行くってことで良いですか?」 「むむむ、その通り。養ってもらう」 「分かった」  地図を見る。  詳しくは書いていないが、このダンジョンが地下に広がるタイプで、地下六階まであるらしい。紙に描かれた魔獣たちは下の階層に行くほど討伐時の点数が高い魔獣がいる。強くなっていくと考えて間違いないだろ。 「私、君の名前も知りたい」 「僕はフライシュ。ミューデさんと同じでスキルが使えます。僕も冒険者になって成し遂げたいものがあるから、できれば高ランクで合格したいです」 「私も高ランク冒険者を目指す。協力できるといい」 「僕も!」  ぼそっとミューデが続ける。 「私は寝てしまう。フライシュ君の力で高ランクを目指せないかな」  フライシュには聞こえない。  ダンジョン攻略のために、まずは食料と水の確保についてあたりを付けておきたい。  そのためにはダンジョンを広く知る必要がある。 「ミューデさん、魔獣と戦ったことはありますか?」 「ある。魔法杖、これで戦う」 「僕も戦ったことがあります。親が冒険者だったから」 「うん。私も親の使命を引き継ぐために冒険者になりたい」  フライシュは洞窟の壁や天井を調べる。  ダンジョンには罠があることが少なくないらしい。  ある程度進むとミューデが隣に居ないことに気づく。  見渡す。  立ち止まったまま寝息を立てるミューデがいた。 「ミューデさん、完全に寝ている!」  戻って身体を揺らす。  ミューデは「むむむ」と言って目を開けた。 「うん。水、湧く」 「水?」 「あれ」 「どこ?」  ミューデが指差す先には壁しかない。  だが何も考えずに言っているようにも見えない。  本能のようなものか? 「分かった。行こう」  歩くと右に道が開いていた。 「こっち」  指差す先に行って、右か左かミューデが指示する方へ進む。  すると。  壁の隙間から水が滴っていて、床に水が溜まっていた。  塵や砂が混ざっている様子もない。 「どうして?」 「上に湖。ここに水がある気がした」 「ありがとう」  水を飲む。  ただし、フライシュはこの水を持ち運ぶ容器は持っていない。  ミューデもない。  進むたびに水を探すことになるのか? 「ここで杖をかざす。魔道具の力」  ミューデが魔法杖を向けると水が塊となって宙に浮いた。  顔ほどの大きさになる。 「これで水を確保。でもこの間はまともに戦えない」 「大丈夫、僕が戦うから」  瞬間、ダンジョンが揺れた。  何かがいる。  フライシュは剣を鞘から抜いて構える。  相変わらずミューデは眠そうだ。 「来る、この衝撃の主」    頭上に巨大なそれが飛んでいる。  フライシュは剣先でそれを突く。  火花が散って轟音と共に揺れた。 「……魔獣じゃないのかよ! 危ない、危ない、冒険者志望じゃねえか!」  筋肉が強調されている服を着ていて、赤い髪を持ったツリ目の大男だった。  名前はビルドゥング、試験の長さに呆れながら真っ先にダンジョンへ向かった志望者だ。  地面に落ちているのは金槌である。 「あなたも志望者ですよね? 僕はフライシュです」 「ビルドゥング。で、その女の子は?」 「私はミューデ。水でも飲む?」 「水?」  ビルドゥングは水と聞いて容器を探す。  そして、目の前に水の塊が浮いていることに気づくと、 「飲む。くれるならもちろん」 「むむ」  水の塊がゆっくりビルドゥングの口に入る。 「ぷは、美味いな。ミューデちゃんかありがとな。その杖で浮かせているのか?」 「うん」 「すごいな。このダンジョン難しい。魔獣は一体しか倒してなくてこのままでは合格できない。頼むフライシュ、謎を解いてくれ」 「分かりました。僕たちにとっても解決しなければならない問題です」  ビルドゥングに付いていくことにした。  まず、壁に沿って進む。  そこから右に曲がった。  湿った空間に小鬼の屍があった。  腹部が粉砕されていることから、ビルドゥングが戦った跡だと分かる。  さらに進むと右と左に分かれていた。  ビルドゥングは迷わず右を選択する。  何もない道を進むと、また二手に分かれる。  右を選択した。  さらに進む。  右にしか曲がることができない。  やはり右を選択した。  ミューデは慈悲の笑みを浮かべる。  フライシュは呆れて頭を左右に振った。 「ビルドゥングさん。同じ道を行ったり来たりしているだけです。罠でも幻覚でも特別な力が働いているわけでもありません」 「……嘘」 「大丈夫。ネタさえ分かれば」  ミューデは拳を胸の前に持ってきて元気そうに応援をする。  ビルドゥングは冷たい汗をかく。 「そういうことかー! だったらミューデちゃん、フライシュ。俺に道案内をしてくれ」 「僕たちも当然初めてのダンジョンですが」 「それでもだあ! 俺、方向音痴なんだよー! このままじゃ不合格になっちまう。何でもするからあ!」  巨大な金槌を持った男が叫ぶ。  フライシュはその手を取ることにした。 「分かった」  こうして、フライシュはダンジョン攻略試験で三人組となったのだ。  
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