1話:最強の冒険者

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1話:最強の冒険者

 今日は獲物を見つけるのに時間が掛かった。  それが良くなかった。  日が昇って天に青空を見せつけられて、少年は必死に顔を手で守る。  横たわる少年のすぐ近くに大剣が刺さる。 「君が宝石、食料、金銭を盗み続けた餓鬼か。厄介だった」  その用心棒は顎髭を撫でながら少年を睨む。  筋肉質の男は、力強く大剣を振るだけでなく、軽やかな動き、緩急をつけた足捌きで少年を追い詰めた。  長期戦となれば少年は耐えられない。  日が昇ると身体は熱くなって動きが遅くなってしまう。  少年はまだ幼く、体力は鍛え上げられた男には敵わない。 「俺はいわゆる上級冒険者、用心棒というよりかは、お前さんを駆除するためにギルドに雇われた人間だ。餓鬼一人捕まえるために、ここまでするかね。って、言葉はほとんど通じないのか。まるで魔獣だな」  少年は男に蹴られながらも睨み続ける。   「やだ、やだあ!」 「いくつの罪を重ねたか分からない。今更全うに生きるのも無理だろ」  地面には齧った跡のついたパンが転がっている。  少年が手を伸ばすと、男は舌打ちをして手を踏む。 「い、いやだあ!」  痣が広がる。  死ぬ、このままでは。   「餓鬼、盗んだものを食べるな」 「やだ、やだ!」  男に腹を蹴られる。  飲み込んだものを吐かないように堪える。 「やだ」  少年は身体を転がして男から距離を取ると、獣のように手と足を地面に着けて、声にならない叫びとともに男に飛びつく。  男が必死に引き離そうとすると、少年は爪で顔を引っ掻く。  驚いて身体を後ろに倒す。  少年は四足歩行のまま飛び出す。 「逃がすか、【(アイビー)】」  地面に割れ目が現れると、太い緑の縄のようなものが伸びて少年を追う。  少年は距離を稼ごうと加速するために地面を強く蹴る。  そのときだった。  小石に躓いて転ぶ。  蔦が足首に巻き付いて少年は動けなくなった。 『これ以上、この餓鬼に盗まれるわけにはいかない。ここで仕留めなければ、この街は終わるかもしれない』  淡々とした声が響く。  この距離で呟くような声が聞こえるのか?  少年には理解できない。 少年は足首に熱っぽさを感じる。   「やだ、やだ」  男は地面に刺さった大剣を抜いて少年に向ける。 「君はどんな生き方なら許されるのかそもそも知らないと思うが、盗みは重罪だ。この社会の正しさのために死んでくれ」  大剣が少年の胸を貫かんとしたときだった。 「ちょっと待った。その少年、お腹が空いている。悪いから盗んでたわけじゃない、分からないから盗んでた。はい、食べる?」  赤い髪のポニーテールの女性は、少年に果実を渡した。  少年は理解できなかった。 「やだ」  その言葉しか知らない。  でも。 「一回食べてみて。毒はないよ、ほら」  女性は一度果実を齧る。  幸せそうに目を瞑って、瑞々しく甘い果実にメロメロになっていた。 「次は君の番だよ」 「やだ」 「……。この、くそがきがああ! 黙ってお姉さんに従え!」  女性は鬼のような形相に変わる。  少年は震えていた。  果実を無理やり食べる。  甘くて美味しい、必死に何度も齧る。  食べ終えた。  恐る恐る目の前の女性を見る。  笑っている。  なぜ?  優しい表情だった、少年は理解できない。 「美味しいよね」 「おい、現役最強と名高いダティーレ。なんのつもりだ? そうやって物を与えてもまた被害が生まれる。ここで殺せ」 「私は最強だから、この子は私がもらうの。それにあなたは苦戦していた。こういう生存本能に溢れた者がきっと英雄級の冒険者になるんだよ」 「戯言だ。ギルドは殺せと言ったんだ、俺の報酬も掛かっている」 「いいよ、倍の値段でこの子をもらう。それとも現役最強に喧嘩を売りたい?」 「死んでもごめんだ」  男は蔦を解いてその場を去る。 「帰ろうか」  ダティーレという女性は少年に手を伸ばす。  少年は食料をくれて敵から守ってくれた女性に付いていくことにした。  ただ安全で食料を確保できる、それが最も生き残る方法だと直感が言っていたからだ。 「やだ」 「え、嫌なの?」 「ややの」 「そんなにも? え、少年。お姉さんのことそんなに怖い?」  少年は「やだ」という言葉しか知らない。  本当はこの優しい人間に何を言えば良かったのだろうか? 「拒否権がないからね! 奪っていきてきたと思うんだけど。少年、分け合うのも悪くないでしょ? 良かったら私のとこにおいで」  少年はその手を選んだ。  これが少年と人生の師匠にして現役最強の冒険者ダティーレとの出会いだった。
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