2話:最強と少年(1)

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2話:最強と少年(1)

 ダティーレは幼い少年と手を繋ぎながら宿屋を目指した。  優しい笑顔で少年を気にする。  少年はダティーレへの警戒を解く代わりに周りの視線に注目していた。  商店街を抜けて冒険者がいるギルド周辺へ。 「少年、あの冒険者は油断していたけど、結構なベテランで高ランクだよ」 「やだ」 「そう。本当嫌だよね、頭固くて。私のこと、お姉さんとか綺麗なお姉さんとか呼んでいいからね!」 「ん」 「美人なお姉さんとか、好きな呼び方でね。そうだ、パーティの相方にも君の話をしないと。また勝手なことして、ってたぶん怒られる。けど、許してくれるよ、素敵でしょ?」 「やだ」 「嫌じゃないですう!」  ダティーレは敵じゃない。  少年は疲れてしまって目を閉じる。  ダティーレは察すると少年を背負った。 「失礼な話だろうけどあまり臭くない。盗みの知恵ってやつ? 君を見つけるのにみんな苦労したみたいだよ。けど私に見つかったからには精一杯生きてもらうよ」  少年が目を覚ますと、ダティーレの膝の上だった。  目の前には鍛え抜かれた男がいた。  白髪で鎧を着て椅子に座っている。  比較的細身であるものの、その気迫を感じて少年は警戒する。  その男はダティーレと同じくらいの年齢だった。 「で、勝手に拾ってきたのか?」 「この子、強いんだよ! ギルドで一流冒険者を募集するくらいには」  男は名前をヘローエという。  ダティーレとヘローエはコンビで冒険者をしていた。 「やだあ!」  少年はビシッと人差し指をヘローエに向ける。  ダティーレは笑いを堪えていて、ヘローエは呆れて頭を左右に振る。 「拾ってきたって。あまりにも勝手すぎると思うんだ」 「この子は悪い子じゃない。生き方を知らなかっただけ」 「お前なあ。貧民街で一人一人拾ってくるのか?」 「そうじゃないけど」 「それと今日はダティーレが買い物係だっただろ。忘れたか?」  ダティーレは舌をペロッと出す。  ヘローエはその無防備さに耳を赤くするが、すぐに切り替えて椅子から立つ。  ダティーレに迫る。 「いいか、買い物ついでにその子を捨てるんだ」 「ん。やだ」 「ほらやだって。諦めなさいな」  ダティーレは柔らかい表情で膝の上の少年の額を撫でる。  前髪を上げると、少年の目が丸っこくて宝石のように輝いていることに気づいた。  綺麗だ、それに双眸には光が宿っている。 「飯はどうするんだよ?」 「三人で食べに行く。この子はね、もう家族だから。私たちで育てるのよ?」 「本気で言ってるのか? 盗人だぞ」 「この子は立派に成長する。また犯罪をして取り返しのつかない事態になったらすべての責任は私が取る」 「ダティーレ、小さい子が恋愛対象だったのか?」 「違うわ。ただこの子を近くに置くことで、私の弱点が消えると思うの」 「弱点?」 「いつも叱ってくるでしょ、無謀だって。でもこの子を育てるならいつまでも生きる前提で戦わなきゃだから」 「もう分かった。そいつの責任はすべてダティーレが取れよ」 「もちろん。きっと最強の冒険者になる。それにね、私のような心優しい人間といれば悪いことをしないわ」 「自分で言うなよ」 「そう? 私は結構立派だと思うけど?」  ヘローエはダティーレをじっと見る。  このだらしない人間が子供を拾ってきて育てるだって? 「なによ。立派って艶めかしくて全人類を虜にしちゃうような私の身体のことではないわよ?」 「はいはい」  ヘローエは面倒になった。  ギルドから少し離れたレストランに入る。  店内は大皿を持って踊るように動き回るウェイターを中心に賑やかだった。  ステーキの脂がキラキラしていて、少年は見惚れている。 「というわけで、この子を家族にする。その記念にね、豪華な夕食」 「お前なあ。絶対奢れよ? 俺は出さないからな」 「ヘローエのけちい。ほら少年も言ってやれ!」 「やだ」  ヘローエは訝しそうに少年を見る。  頬をつねった。  少年はヘローエを睨む。 「やだ」  続いて、少年を撫でる。  優しく何度も往復して、少年は心地よさそうに頬を緩ませる。 「やや」  席に着いた。 「こいつ、やだしか話せないのか?」 「たぶんね。だから私たちが教えなきゃ。あ、注文お願いします!」  女性のウェイターはダティーレを見ると慌てて駆けてくる。  そして盛大に躓いて、顔から床に衝突した。  額が少し切れて血が滲む。  何事もなかったかのように立ち上がった。 「現役最強冒険者と噂されるダティーレ様!?」 「ふふふ、ばれては仕方ない。その通り、ここの料理が美味しいと聞いてね?」 「光栄です! ただ、ダティーレ様のお口に合うかは心配ですが、」  ヘローエはメニュー表を開いてコースメニューを指差す。 「俺たちはただの冒険者だ。様付けは必要ない。それに普段はこいつが使い物にならない魔道具を買い漁ってるからお金がなくてな。ここまで良いものを食べるのは初めてなぐらいだ」 「何を!」  ダティーレは怒って立ち上がり、ヘローエの頬を掴む。 「痛いな、何するんだよ」 「ヘローエ、私の名誉が傷ついたわ。使い物にならないなんてただの主観でしょ?」 「なら教えてくれよ、触れた場所が透明になる指輪。皮膚が僅かに透明になるだけで血管が透けてたじゃねえか、何に使うんだよ」 「それは工夫次第よ?」 「どんな?」 「それはまた今度だけど?」 「てめえ!」  ウェイターが首を傾げて。 「あの、メニューは?」 「ごめんなさい、見苦しい人間を連れてきてしまって。一番高いものを食べさせてもらうわ、現役最強に恥じぬように」 「奢りだぞ」 「本気で言ってるの?」 「なら取り消せよ」 「分かったわ。ウェイターさん、一つは一番高いの、もう一つは子供用で、この男には一番安いのでお願い」 「は?」 「取り消せっていったじゃない?」 「俺だけランク下げるなよ」 「はあ? やる? いいわ、そろそろ……」  ダティーレが両手を組んで指を鳴らす。  臨戦態勢に入ろうとしたときだった。 「注文は以上ですか?」 「あー、はい」  ウェイターの言葉を聞いて、ダティーレはよく見せるために落ち着くことにした。  ヘローエは納得できないが、これ以上ウェイターに迷惑はかけられない。  諦めて溜息をつく。
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