3話:最強と少年(2)

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3話:最強と少年(2)

 料理が運ばれてきた。  先ほどとは別の男性のウェイターは簡単に料理の説明をして足早に去る。  ダティーレはその様子を見て首を傾げていたが、ヘローエはウェイターが先ほどの口喧嘩を見ていたからか歓迎されていない雰囲気を察していた。 「本当はもっと丁寧にもてなされる。ダティーレに関しては一番高いものだ。騒いでたのが良くなかった」 「なにそれ?」  不機嫌そうに髪をくるくると指で遊ぶ。 「なんでもない」 「そうね。この子はじっと待ってたのに私たちは騒ぎすぎたみたい。冒険者という荒くれ者が高級レストランに来るのが良くなかったみたい」 「かもな」  ダティーレは反省しているのか、元気がない表情でステーキにフォークを刺す。  大きな塊のまま口に運ぼうとした、そのときだった。  噛んだと思ったものは残像で、ステーキは気づけば宙に舞っている。  ステーキのタレや脂が飛沫のように散って。  少年が一口噛んだ。 「な、な、なあ! 私の肉」 「あれ?」  ヘローエは口角を上げてダディーレを見る。  ダティーレはヘローエがよくないことを言うつもりだろうと感じて、悪寒とともに顔を引きつらせて一歩下がった。 「ダティーレがいたらその子は悪いことをしないんじゃ?」  く、悔しいッ!  ヘローエの言葉に言い返す言葉が見つからなかった。  だが少年が持っている肉は表面の脂が宝石のように輝く、普段は決して食べられないようなものである。これを食べるということは当分はそれなりに貧しい食生活を強いられることになる。  子供相手に血眼になって追い掛けるのは大人げないが、次はいつ食べられるか分からない高級肉だ。趣味の魔道具を控えれば話は別かもしれないが、流石にそれはできない。 「許さないわ。捕まえてやる!」  ダティーレはカッと目を見開いて席を立つ。  少年はダティーレが自身に何か攻撃をしてくることを察した。  ステーキをもう一口頬張ると、テーブルの上に乗って片足立ちをする。  テーブルが揺れて皿同士が衝突し高い音が出る。 「この!」 「やだ、いやだ!」  ダティーレは大きく腕を振る。  少年は踊るようにして軽快なステップで避けると、そのまま翻って隣のテーブルに移る。  そこには大剣を足元に置いている男たちがいた。  上品な雰囲気がある。  冒険者ではなく国が抱える護衛部隊で、警察のような仕事も一部兼任していた。 「おい、子供を……。って、現役最強冒険者、ダティーレ? な、何をしている。捕まえろ!」  一番偉そうな男が叫ぶ。  ダティーレはぺろっと舌を出した。  なお、内心は。  国の中心の人たちがいる!  どうしよ、どうしよ。  あの子を捕まえるのは絶対だけど、私たち罰せられるんじゃ? 「この! 逃がさない!」  もういっそステーキがすべて食べられてしまってもいい。  だが、国の偉い人たちが見ている以上、少年を捕まえるしかない。  ダティーレは冒険者としての意地を見せる。  捕まえようとしてフェイントをかけ、少年のバランスが崩れた瞬間に身体を押す。  しかし少年は押されても受け流して床に両足で見事に着地する。  この身体能力の高さこそ、ギルドが少年に一流冒険者を差し向けた所以で、ダティーレが少年を拾うことにしたわけであるが、あまりにも厄介である。 「このこの」  ダティーレもテーブルに乗って追う。  少年が慌てて次のテーブルに移ると、ダティーレはすぐに距離を詰める。  ……ただし、他の人が食事していた皿が次々と床に落ちて割れる。  追いかけっこに翻弄されたウェイターが床に転んでしまう。 「逃がすか!」 「やだやだ!」  少年に追いついた。  首根っこを掴む。 「さあさあ、観念。私ね、最強だから」  少年は苦しそうだが、ダティーレは息が全く切れていない。  のだが。  どや顔で周りに見せるのだが。 「「どうしてくれるんだ!」」  客も店も怒ってしまって。  結局、もう関わりたくないとのことで賠償は持ち金のみであったが、ダティーレたちは追い出されて出禁になった。  ヘローエは怒っているだろうか?  大人しくなった少年とダティーレは恐る恐る宿に戻るヘローエを見る。 「ぷぷ」  ヘローエは吹き出して笑った。 「店内で何してるんだよ。ダティーレまでまるでガキだな」 「わ、笑うな!」 「でも二度目は行かない店だったな。上品すぎて俺たちには似合わない」 「そうでもないっていうか、私は似合うんじゃない? 美少女だし?」 「一番元気に走ってたやつが言うなよ」 「それはそうだけどさ」 「出禁で落ち込みすぎだろ」 「うん。それもそうね、背伸びしては駄目。また稼いだらフライシュくんの歓迎会をしよう」  フライシュ。  その少年の名をダティーレは告げた。 「私の肉を食べて、帰ったら絶対叱るからね」 「やだ」 「嫌じゃないですう。私ね、そんな立派じゃない。マナーとか上品さとか何もない荒くれ者だけどね。フライシュ、君にはそうはならないでほしいって思ってる。私と一緒にいて本当に立派な人間になるのか分からないけどね」 「本当だ。けど、俺っちの頑張り次第かもな」 「やだ」 「フライシュくん、覚悟しなさいさ。この世はね、いやだけでは生きていけないの。例えばね、肉を食べたいときは肉をくださいって伝える必要がある。相手とやり取りをするってのが、奪い奪われる世界の外では必要だから。いつだって美味しい肉を食べられるようにするためにはいろいろ知らなくちゃだよ」 「う」  ダティーレはフライシュを背負う。  フライシュは疲れたのかすやすやと眠る。   「名はフライシュか。ダティーレにしてはいい感じだな」 「何? 馬鹿にしてる?」 「実際馬鹿だろ、レストランで暴れて」 「馬鹿じゃないですう。私の趣味の魔道具作ってる大天才でもあの状況ならレストランを荒らしてでもフライシュくんを捕まえるから」 「ガラクタを作る魔道具職人たちな」 「やる? ヘローエ」 「やらない。互いに損だろ。それに寝てる」 「静かにすればいいんでしょ。でもこれが、育てるってことか。これからはこの子を気遣って生きていくってことだ」  ダティーレの強い意志を間近で見て。  フライシュがダティーレに良い影響を与えるだろうと、ヘローエは期待してみるのだった。
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