4話:君に伝えたいこと

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4話:君に伝えたいこと

 最強冒険者と名高いダティーレには、上品な生き方ができない。  代わりに冒険者としての考え方、生き方を示していくことにした。  まず、宿は転々とすることが多い。  もし同じ土地に滞在するとしても。 「やだ」 「残念でした、これはお肉ですよ!」 「やや」 「だから違いますう」  ダティーレは商店街で買った串焼きをフライシュに見せて、必死に「肉」という言葉を教えることにした。  こういうときのダティーレは先日の高級ステーキが奪われた件を根に持っているということである。 「そして君がフライシュ君。『フライシュ』、分かった?」 「ふるるしゅ?」 「『フライシュ』です、お姉様が決めたので決定なんです!」  別のダンジョンがある街へ行きたいということで。  三人は馬車乗り場を目指すことにした。 「ダティーレ、大人げないぞ。その意地悪な顔」 「いくらフライシュ君がかわいいからって甘くはできません。これが教育ってやつ。かわいいからこそ厳しくするしか。世の中はなかなか厳しいもので」 「にいく!」  ダティーレが握っていた串が宙を舞っている。  隙を見せた瞬間にフライシュが跳んでダティーレの手首を蹴り上げた。 「にいく、やだ!」  フライシュが噛むようにして串を口で取る。  嬉しそうに笑った。  が、ダティーレはごおごおと怒りの炎が見えてしまうような恐ろしい表情をする。  しかしすぐに目をうるうるとして涙が溢れた。 「フライシュ君お姉さんの話聞いてよお。どうして盗っちゃうの、お姉さんのこと信用できない?」 「や、……やや」  ダティーレの号泣にフライシュは戸惑って動かなくなった。  涙を拭く。  そして、にやり。 「乙女の涙は嘘の味、フライシュよ。これが社会だ、社会の厳しさよッ!」  ダティーレはころっと表情を変えて晴れやかで爽やかな顔つきに変わると、フライシュの首根っこを掴む。  フライシュは暴れるが、一度捕まってしまえば逃げられず脱力したように手足をぶらぶらとする。 「こわ、容赦ないな」 「これが冒険なら死よ。だからこれは教育なの? 分かる?」 「分かってたまるか。だけどな、涙を見て止まったよな」 「良い子だね」 「盗んだらみんな怒って追ってくるばかりだった。攻撃性を向けてくるだけだった。盗まれた人たちがさ、悲しいっていうことを知らないんじゃないか」 「誰もが怒ってくる。でも怒るという感情が理解しきれずに、ただ攻撃されると思っていたってことね。あるかもね。私が泣いたら動かなくなったわけだし」  ダティーレは串をフライシュに戻す。 「なら、フライシュ君は優しい子に育つよ」 「それはまだまだこれからだ」 「厳しいこと言うね」  フライシュは肉を頬張る。  二切れほど残った肉をダティーレに差し出す。 「にいく!」 「くれるの?」 「ふるるしゅ、にいく、やだ」  フライシュは円らな瞳でダティーレを見ながら言う。  ダティーレはフライシュが言いたいことに気づいて、残りの肉を食べた。 自分はもう肉が要らない、だからあげる。  フライシュはダティーレが食べるところを見て笑顔になる。  ダティーレはフライシュの頭を撫でた。 「くそお! かわいいかよ。私の串を一回盗ったくせに! 悔しい」 「一体どんな感情なんだよ」  ヘローエは呆れた様子で頭を掻く。  それから馬車を捕まえて次の街へ行った。  レンガ造りの建物が林立している。  乾燥していて砂埃が舞う。  遠くには摩天楼のごとく外側に螺旋階段をもつ塔のような建物が見える。  人々は『金色のダンジョン』と呼ぶ。 「ヘローエ、そういえば。三人分だから宿代高いかも」 「それくらいは理解しとけ。ってか、前回は知らぬ間に料金を踏み倒してたな」 「育ちが悪いのー! 親の顔が見てみたいわ」 「同郷だし見たことあるだろ」  文句を言い合いながら宿を見つける。 「で、どう稼ぐ」 「一緒に来てもらうのがいいけど、まだまだだよね」 「ああ。俺がフライシュを見ておくから稼いでこい、最強冒険者。三人分の稼ぎだからな?」 「この鬼畜男。仕方ないわね!」  二階建て宿の、一階の隅。二人用の広めなベッドに、荷物用の収納もある。  誇りもほとんどなく良質な部屋だった。  だからこそ、フライシュは落ち着かない。  フライシュという分かりやすい味方は稼ぎに出掛けてしまった。  ヘローエという男をフライシュは見定める。  敵か、味方か。 「フライシュ、俺はお前の敵じゃない」 「にく」 「肉はない。それとな、味方だからって甘くはしない。フライシュ、俺は厳しいからな」 「やだ」 「お前に言葉を教える。話せるように、聞こえるように、書けるように」  フライシュはヘローエが獲物を見るような恐ろしい目をしていることに気づく。  フライシュは跳んで天井に張り付いた。 「今、ダティーレは仕事に行ってるんだ。警戒しているかもしれないが味方なのは本当だ」  ヘローエは訴えるように言うがフライシュは理解できない。 『怖がらせてしまったか。上手くいかないなあ』  普段よりも優しいヘローエの言葉を知って、フライシュは下りてきた。  ヘローエのただ悲しそうな表情を見た。   「ややがやや」 「フライシュ?」  嫌というのが嫌だ。  つまりフライシュはヘローエが味方であることを理解した。 「そう、敵じゃない。俺はフライシュに生き方を教えたいだけだ」  ヘローエが嬉しそうにする。  だからフライシュはヘローエの膝に乗って、無防備にヘローエにくっ付くのだった。  とはいえ、ヘローエははっきり言えないタイプなので。従順なフライシュをかわいいと思っても言えるわけがなかった。
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