6話:変化

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6話:変化

 暖色系のグラデーションの空がフライシュを見下ろしている。  フライシュは足取りが重いまま、貧民街を出た。  靴がボロボロで足を痛めてしまいそうだった。  まず盗むべきは靴だ、それもできる限り子供のものだ。 「靴を奪うためには」  フライシュは商店街に入る。  服が汚く臭いで居場所をばれてしまう危険性がある場合は早朝であっても隠れながら進む。  本来は靴屋を狙うべきだが早朝から準備をすることは少ない。  家族連れを狙いたいがやはりいないだろう。  ならば家に侵入して静かに忍び込んで奪うか戦う前提で入るのか。 「僕の強さなら正面からでも行けるはずだ」  家に入る。  錠がなかった、あまりにも楽に侵入できた。  家主は眠っているらしい。子供の靴があると知っていたのは、ここに家族連れが帰宅したことを見たことがあるからだ。 「靴も服も手に入れた。次は食料だ」  フライシュが着替えて家を出ると光が差し込む。  眩しくて手で目を覆う。少しずつ指をずらして目を慣らしていく。 「なぜ? もう日が昇った」  フライシュは音を殺して商店の陰に隠れる。  人通りが多いのは着替え終わったフライシュからすれば有利な状況だった。  フライシュに注目する人がいないのだ。 「あ、ステーキ!」  宝石のような脂が滴る。  炭火の香りが風に乗って漂う。  フライシュは好物を前にして身体を屈めた。  人混みの中に紛れて出店に迫る。  店主が金銭のやり取りをして網で焼く肉から目を反らした瞬間、フライシュは跳んでステーキを掴む。  熱さで火傷しそうになるが左手が火傷しそうになれば右手、今度は左手と交互に替えながら息を吹いて冷やす。  齧りつく。  旨味が体中に染みて美味しい。 「あ、俺の肉がない。商品がない」    店主が辺りを見渡す。  そのとき、辺り一帯が紫色に包まれて、店主と出店、フライシュだけの世界に変化した。  フライシュは気にせず食べる。 「ううう、うう。お腹空いたよお」  幼い子供のすすり泣く声。 「ごめんよお、父さんが商売できないばかりに。ごめんよお」  店主も男の子も痩せていく。  骨と皮だけになって、わんわんと泣きながら枯れていく。  眼球が縮んで、眼科との隙間が広がる。  フライシュは店主とその男を見てステーキが美味しくなくなった。  しかし返すこともできない、もうほとんど食べてしまったのだ。   これが奪うという生き方か?  子供が倒れた。  店主が膝を地面について受け止める。  フライシュを指差して叫ぶ。 「この盗人が! お前のせいで、お前のせいで。生きる価値のないゴミが!」  息が続かずにひゅーひゅーと呼吸にならない嗚咽のようなものを繰り返す。  フライシュの目の前に大剣を持った高身長な男がいた。  なぜ気づかなかった?  フライシュは身体を起こす暇もなく四足歩行で逃げ出す。  男に追われる、フライシュの足が固まってしまってバランスを崩し、躓いた勢いを殺せないまま飛ばされて転がり、地面に身体を打ちつけた。 「この盗人が」  大剣で首が落とされる、そのとき。 『君を見つけるのにみんな苦労したみたいだよ?』  優しい声が聞こえる。  謝りたい気持ちが込み上げってきて、大剣が首を落とす――。 「フライシュ、熱がでたみたいだ」  フライシュが目を覚ますとベッドの上だった。  夢だったらしい。 「ヘローエさん。あの、」 「ダティーレはポーション買うために仕事に出掛けた。身体は強い方だと思っていたが頑張り過ぎたからだろ。あいつが帰ってきたら今度は俺が仕事に行く。安静にしておけ」 「ごめんなさい」  その謝罪は誰に対してだろうか? 「無理するな」 「うん」 「急いで強くならなくてもいい。最強の冒険者になるよりもすくすくと育ってくれる方が俺もダティーレも嬉しいはずだ」  それからダティーレが帰ってくると、ダティーレはフライシュを抱き締める。  頭を撫でるとヘローエに文句を言われて気づいたようにポーションを取り出す。  フライシュに飲ませると、ダティーレはヘローエにしっしっと「もう行きなよ」とジェスチャーで全力アピールをする。  ヘローエは頭を掻いて呆れながら部屋を出た。  次の日の朝、ヘローエが戻ってくるとポーションをフライシュに飲ませる。  熱が引いてきた。  代わりにダティーレが稼ぎに行く。  それを数日間繰り返したときだった。  二日間待ったがダティーレが帰ってこない。  ヘローエは焦ったように歩けるまで回復したフライシュを連れてギルドに入った。  埃臭く湿気がある。 「おい、ダティーレはどこに行った? クエストを教えてくれ」 「ここです」 「そこへは何人行っている?」 「五組のパーティです。二十人です」 「帰ってきたのは?」 「三人分の遺品と、二人の生存者。残りは不明です」 「俺も行く、金も出せるだけ出す。クエストを再発注してくれ、条件は上級冒険者のみだ」 「いえ、それが。現在は、立ち入り禁止となっております」 「はあ? ふざけるなよ!」  フライシュとヘローエは手を繋いでいた。  フライシュは血相を変えて怒鳴るヘローエが恐ろしかった。  ヘローエが受付の襟を掴んで飛ばすと、ギルドにいた他の冒険者の怒りを買う。 「てめえ、何してやがる」 「俺はヘローエ、ずっと冒険者だ。礼儀というのは分からない。こいつはな、仲間が行方不明になったダンジョンを立ち入り禁止と言った」  名前を聞いて冒険者たちは怖気づいてしまう。  ヘローエは受付に近づいて拳を握った。 「話せ、そのダンジョンはどうなっている。現役最強と呼ばれたダティーレだぞ、お前らだってあいつがいなければ困るだろ!」  その拳を下ろすことはなかった。 「ヘローエさん」  フライシュが言う。  ヘローエは拳を下ろして膝から崩れた。  ダティーレが行ったのは、ダンジョン内のモンスターが増えて街に溢れ出し即刻攻略すべしと大金が積まれたクエストだった。  ヘローエはフライシュを宿に戻すと自腹を切って冒険者を集めてそのダンジョンへ出掛けた。  ギルドを無視したため、もう二度とそのギルドでの仕事はできないがヘローエからすればどうでも良かった。  五日間、ヘローエが戻ってくることはなかった。  フライシュはヘローエが残した金銭で食事をして帰りを待った。  帰ってきたヘローエはひどく疲れていた。 「数か月、入れないらしい。足を踏み入れた瞬間に眠気が襲ってずっと寝ていた。その効果が切れなければ入れない。俺は諦める、冒険者も続けられない。故郷に帰る」 「ヘローエさん、僕は」 「フライシュ、今の君なら生き方を選べるはずだ。どうする?」  フライシュもダティーレがいない事実に絶望していた。  だがヘローエの弱々しい声が縋っているように見えた。  この人は一人にできない、絶対に。 「できればヘローエさんに付いていきたい」 「そっか、なら来い。ダティーレの故郷でもある」  こうして、ダティーレを失った二人はダティーレとヘローエの故郷を目指すことにした。  これからどう生きようか? それは分からない。  だからこそ、一度故郷に行くことにしたのだ。
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