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仇討ち娘と人斬り浪人 閃
ゆるゆると流れる川岸。そこには人の歓声がある。
「雪様ーー! おかわりーー!」
「いいよ。沢山食べなさい」
この地の領主佐竹広臣は変わり者である。領主であるというのに領地の農民と友のような付き合いをする。そうなれば一人娘の雪も影響されるというもの。
雪と雪の母は、城の女衆とともに川岸で米を炊き、握り飯を領地の子らに配る。佐竹広臣の政の一環で灌漑事業に割かれた人出の家族の食事を用意する。
子供たちの穏やかな笑顔を見ると雪の心も晴れやかになる。その親たちは灌漑事業に手を出した佐竹広臣を物好きだと陰口を叩くこともあるが、この地の発展に必要なことだけ広臣はよく雪に話していた。
「雪、あちらのお侍さんにも握り飯をお持ちしなさい」
母に言われてそちらを見ると木の枝の上で昼寝をしている者がいた。年は雪より上であろう。長髪を縛らずに流し、着物も着崩しているが、その腰には長刀がある。
雪は母に言われるままに握り飯を手にそこに向かう。
「お侍さん、握り飯はいかがですか?」
「え? ああ……」
侍は木より飛び降りて雪の目の前に立つ。
「かたじけない。感謝する」
「私の手柄ではないから。父上のすることなので、お気になさらず」
「ふふ。そうか。ありがたくいただく」
侍は雪の手から握り飯を取り、がぶりと食いついた。
「うまい」
「良かった。次もここで炊き出しをするので良かったら」
「ああ。覚えておく。さて俺は仕事に行くよ。またな」
「ではまた」
侍は握り飯にかぶりつきながら、ふらふらと去っていく。雪がその背を見送っていると横に母が立つ。
「雪はあの方をどう思います?」
「不真面目そうだなとは思います。でも不思議と嫌う気にはなれません」
「なるほどなるほど。それはまた良いですね」
「なんの話ですか?」
「いえいえ。さて炊き出しを続けましょう」
雪は炊き出しに戻る。平和な領地の平和な風景。異変があったのは、その晩だった。
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