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先に目を覚ましたのは雄造だった。雪は横になっている雄造に抱き着いていた。神経を尖らせる。身近に危険のないことを察して再び雪の寝顔を見る。
雄造に対する雪への想いは愛と呼ぶに相応しいが、それはただの我儘かも知れない。このまま二人で逃げ隠れて平穏に暮らす術もあるのだ。十歳の雪に仇討ちを達成させ、領主として立ってもらうなどその身に余る重圧であろう。それでも雄造は雪に立ち上がってもらいたい。例え我儘だとしても、雪と共に日の目で暮らしたい。そのためにならば修羅になって構わない。
雪の目がうっすらと開く。
「雄造、おはよう……」
「もうしばらく寝るか?」
「いやいい。雄造がいてくれたおかげでよく眠れた。泰宗様の館に向かおう」
気丈に振る舞う雪。まだ十歳だというのに。
「行こう」
雄造は雪に手を差し出す。雪はその手を迷わずに握った。
十五歳と十歳の夫婦はそのはじまりから悲劇に見舞われていたが、二人はすでに強い絆で結ばれている。
辺りを伺いながら雄造は雪の手を離さぬように中野泰宗の屋敷に向かう。浪人衆が雪を狙う可能性もあるというのにその道は驚くほど容易に達成できてしまった。
「良かった。何もなかった」
雪は泰宗の屋敷の前で息を吐く。
「この辺りは平和なのか?」
雪の問いに雄造は思案顔を見せる。
「そんなはずは……。泰宗様が手を回したと見るのが妥当か。まあいい。入るぞ」
屋敷の門を叩こうとしたとき、門のほうが先に開いた。
「お待ちしておりました。雪様」
「泰宗様!」
雪の顔が陽のように明るくなる。雪を側で見守っていた親同然の家臣の無事を知って喜ばぬ雪ではない。
「中へどうぞ。雄造も入れ」
雄造は呆気に取られる。
「泰宗様は……」
「中で話す」
雄造の言葉を遮り、泰宗は雪と雄造を屋敷に招き入れた。
通された部屋は、二人がよく知る泰宗の間。障子を開け放したまま泰宗は二人を座らせる。
「お二人が広臣様暗殺の数日のちに津上屋の店に踏み込み広臣様の仇討ちを果たしたことはすでに知っている。その上でここに訪れると見ていた。広臣様の事業の灌漑工事も止まり、領主気取りの津上屋は人身売買の規模を広げた。それを許せる雪様と雄造ではあるまい?」
「流石、泰宗様だ。泰宗様、俺は雪の仇討ちの先として津上屋を討ち雪に領主として立ってもらいたい。そのための知恵を借りにここに来ました。どうか」
雄造は頭を下げるが泰宗の視線は雪に向く。
「雪様のお気持ちは?」
「私は……、雄造と二人夫婦として朽ちていくのも悪くないと思っておりましたが、津上屋の手で父上と母上が愛した地の民が悲しい想いをしているのを目の当たりにしました。私が領主となることでそれが和らぐのならば、私は雄造と共に津上屋を討ちたく存じます。泰宗様、どうか知恵を授けてください」
雪も雄造に習い頭を下げる。
泰宗はうんと頷く。
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