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津上屋に見つからぬように逃亡を続ける雪と雄造。追われる身だとしても領民に愛された佐竹広臣の一人娘に人々は優しかった。あちらこちらで野宿をする二人を津上屋に売るような輩は今のところいない。
ただ放浪の身を続ける二人には困ることも多かった。
「腹減ったなぁ」
とある村を二人で歩いていると唐突に雄造が呟く。
「ふふ。剣豪でも腹は減るのだな」
「剣豪たってただの人に変わりはないよ」
夫婦となった二人の逃亡は陰鬱なものではなかった。語らい冗談を言い合い、それなりに楽しくやっていた。
「少し待ってろ」
雪はそういうと近くの小屋に向かう。
「おいおい」
「すまないが少し米を分けてもらえないだろうか?」
「ふざけるな!」
不躾に頼み事をする雪に小屋の中から子供の声が響き姿を現す。
「米だなんて! って雪様!?」
「久しいな三吉。少しばかり米を恵んでくれ」
雪は三吉の手に銭を握らせる。
「勝手に持って行きなよ。雪様から銭なんて受け取れないよ!」
「いいから受け取れ。たまには菓子でも食べるといい」
「……米は釜にあるから」
「流石雪だな」
三吉は雪の後ろにいた雄造に気付く。
「誰だお前!?」
「雪の連れだよ」
「連れって何だよ!?」
雪は釜から米をすくって握り飯を一つ作る。
「三吉、悪い男じゃないんだ。許してくれ」
「雪様が言うなら……」
握り飯をこしらえて雪は三吉に頭を下げる。
「三吉、感謝する」
「いいよ。もう行って。こんなの見つかったら俺が磔にされてしまうから……」
「ありがとうな三吉」
雄造も礼を言う。
「煩い! 早く行け!」
雄造にだけ厳しい三吉に雄造もつい笑ってしまう。
三吉の小屋を離れて二人は川に辿り着く。穏やかなせせらぎが辺りの静けさを知らせてくれる。
「魚も捕るか?」
「釣り竿などないぞ?」
「いや、見てろ」
雄造は言うや否や懐から小刀を取り出し川に向かって投げた。
直後に小刀が刺さった鮎が浮いてきて、雄造は鮎と小刀を拾いに川に入った。
「凄いな。雄造の武器は長刀だけじゃないのか。まるで忍のような技だ」
「俺を育ててくれた広臣様の家臣が忍の技に通じていて教えてもらったものだ。もう一匹捕るか?」
「いや一匹あればいい。無駄な殺生はするな。さて飯にしよう」
火を起こして鮎を焼き、鮎は雄造の手にあり、握り飯は雪の手にある。それぞれに持ったものをお互いの口まで運び交互にかぶりつく。
食事を終えると雄造の隣に座っていた雪はうとうとと雄造にもたれかかる。まだ十歳の幼子なのだ。
その身に有り余る運命を受けたとしても変わりはない。
「疲れたんだな」
雄造はそのままの姿勢で雪の寝息が深くなるのを見計らって雪をそっと横にする。
近くの林を見やって声をあげる。
「さて出てこい。いるのは分かっている」
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