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林からガサリと音を立てて一人の男が現れる。
「お気付きでしたか。ならば話が早い。是非稽古をつけていただきたく」
「稽古? 俺ら゙の命が目当てじゃないのか?」
「命? はて私はそんなものに興味は御座いません。ただ武を極めたいだけ」
「ふうん。名は?」
「ももたろうとでも呼んでください」
「はは。鬼退治でも行くのかよ。だが問題はない。見たところ、かなりの使い手。俺も手合わせに興味がある。鞘でいいよな?」
「もちろん」
雄造は横になっている雪から離れて長刀を抜き河原に突きたて、鞘を手に取り構える。
ももたろうも同じく刀を河原に突きたてて鞘を手に取る。
「いざ尋常に勝負!」
お互いに同時に詰め寄り、鞘と鞘がぶつかる。力ではももたろうが押し、雄造はサッと後ろに離れて鞘を横に薙ぐ。ももたろうは、それを鞘に受けるが、雄造は鞘を引いてそのまま突きを見せる。身体を仰け反らしたももたろうはしゃがみ足払いをするが容易く躱される。
一旦お互いに距離を取る。
「強いな」
「あなたこそ」
再び距離を縮めて剣戟が始まる。どちらも一撃も入れられずに刻が過ぎるがお互いに汗一つかかない。
三度距離を取ったとき、ももたろうが鞘を下げた。
「充分です。互角かあなたのほうが強い。良い稽古になりました」
「いや、ももたろうさんも充分強い。こちらこそ良い稽古になった。広臣様が健在ならば紹介したいくらいだ」
お互いに刀を鞘に収めてから雄造は異変に気付く。
「雪!? どこだ!?」
雄造は雪の姿がないことに気付く。稽古に気を取られて雪がいなくなったことすら気付かなかった。
「ももたろうさん、雪を知らないか!?」
「いや。私も稽古に夢中で」
「分かった! ありがとう! また会おう!」
雄造は駆け出す。何かがあるとしたらさっき寄った村に違いない。
奥歯を噛み締めて雄造は来た道を戻っていった。
雪が雄造に黙っていなくなることはない。だとしたら拐われたと考えるのが妥当だ。
「雪、無事でいてくれ!」
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