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その頃、雪はさっき立寄った村の磔台に縛られていた。
「すまねぇすまねぇ雪様すまねぇ……」
涙を流しながら雪に手を合わせる村人たち。その中に子供がいなかった。
「津上屋が子供を連れて行ってしまって……。返して欲しくば雪様の亡骸と交換と言うんだ……」
磔られた雪は力なく笑う。
「良い。子供たちの命には代えられない。そのために死ぬのであれば父上も母上も怒りはしないだろう。覚悟した」
雪の前に槍を持った村人が二人立つ。その槍で雪の身体を貫くのだろう。
雪はそっと目を閉じる。いつ死んでも可笑しくない身の上だ。領民たちのために命を差し出すのは何ら惜しくない。
「雪様、すまねぇ……」
刹那、ここ数日聞き慣れた声が届く。
「何、俺より先に死のうとしてんだよ! 雪が死んでいいのは俺が死んだあとだけだ!」
「誰だ!?」
目を見開いた雪に村人を押し倒す雄造の姿があった。雄造は長刀に手を伸ばす。
「雄造! 殺すな!」
雪の声を聞いた瞬間、雄造は長刀から手を離し拳で村人たちを打ち倒していく。
雪を刺す予定だった槍も雄造に向かう。雄造は懐から小刀を出し、その柄で槍を弾く。槍は村人の手を離れ、カランと地に着いた。
雄造は村人たちの武器を全て叩き落とし、雪の前に立つ。
「これだと子供たちが……」
雄造と雪の目の前で村人たちがさめざめと泣き出す。
「雪、雪はなぜさっき殺すなと言った?」
縛られたままの雪は雄造に問いかけられる。村人たちの視線が雪に集まる。
「ここは父上と母上が愛した領地とその領民の者たち。なぜ私が命を奪っていいと言えるのだ?」
「雪様……」
雄造は雪を縛る縄を解いて、雪の横に立ち長刀を空に掲げる。
「聞け! 子供たちは俺が救ってくる! 津上屋は俺らが討つ。その上でこの地を雪が治める! それでどうだ!?」
「願ったりもない話だが、どうやって? 津上屋は浪人衆を山ほど抱えているのに……」
「俺一人じゃねぇよ。広臣様を慕う者たちはこの地にまだいる。その勝算があって言っているんだ」
雪が一歩前に出る。
「ここは私たちに任せてはくれないか? 私はもういつ死んでも可笑しくない。ならば散る前に父上母上が愛した領民のために働きたい」
「雪様……どうかお願いします……」
村人たちは雪に頭を下げる。
「行こう雪」
雄造は雪を抱えてその場を離れる。どこに行くのか雪に分かりはしない。
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