9人が本棚に入れています
本棚に追加
日が暮れて雄造は雪の手を引き早足で歩く。
「雄造落ち着け! 一人で焦るな! 子供たちの命がかかっているのだぞ!」
雄造の足がぴたりと止まる。
「ああ。すまん。俺も気が動転していた。雪が殺されかけたかと思うと……」
「雄造、座れ」
今度は雪が雄造の手を引いて道の端に腰を下ろした。雄造もそれに続く。
空には欠けた月。月明かりが二人を照らす。
「焦っても仕方あるまい。焦ったときこそ一度留まるべきだと父上は言っていたぞ」
雄造はハッと雪の顔を見る。その顔は優しく雄造を見守っていた。
「そうだな……。流石広臣様だ。そして、その娘の雪だ」
「うん。一晩ここに留まり考えよう。津上屋とて人身売買の商品の子供たちを簡単に殺したりはするまい。今は考えるときだ」
「そうか……。うん考えはまとまった。だが雪が言うように一晩ここにいよう。また雪が拐われたなら俺の心が持たない」
雪の顔が赤くなる。雄造があまりに真っ直ぐに言うものだから照れてしまう。
「本当に雄造は傾奇者だな……」
「こんなことを言うのは雪にだけだ。雪に言わなきゃ意味がないからな」
二人は火を起こし、ゆらゆらと揺れる火を眺める。
「よくよく考えれば広臣様の家臣で津上屋に与する者は少ないはず。雪が立てば必ず協力は仰げる。まずはそこからだろう」
「そう言えば雄造は父上の家臣に世話になったと言っていたな。どなたの世話になったのだ?」
「中野泰宗様。一緒に住んでいた訳ではないが、親代わりだ。俺は天涯孤独だったからな」
「なるほど。泰宗様は親を失った子供たちの世話を確かに焼いていた。忍の技も泰宗様に教わったのか」
「ああ。泰宗様は広臣様の忍の棟梁だからな。明日、泰宗様の館に向かおう。城が焼かれた日、泰宗様は外交に出ていたから無事のはずだ」
「心得た。しかし女の私が立ったところで皆は言うことを聞いてくれるのだろうか?」
「雪は広臣様の功績を甘く見ている。広臣様の娘の雪が立つとなれば皆、勇み立つ。俺の恋心を抜いたとしても俺の見立てに間違いはない」
「さらりと殺し文句を入れてくるな……。だがそう上手くいくかな? 泰宗様がご健在だとして、下手を打てば私たちは死罪だ」
「その時はその時だ。そうなったとしても雪を先に逝かせたりはしない」
「全く……。任せるよ。雄造が逝くときは私も逝くときだ。雄造一人で逝かせはしない。私たちはもう夫婦なのだからな」
今度は雄造の顔が赤くなる。
「一緒に生き抜くと言ってくれれば力も沸くというのに」
「嫌だったか?」
「いや。流石、俺の惚れた女だ」
「私も雄造だから言えるんだ」
「ああ。しばらく月でも眺めていよう」
月を眺める二人はこくりこくりと眠りこけていく。雄造は侍であるからこそ気配には敏感だが、このときばかりはつい気を許していた。
両親が凶刃に倒れたばかりの雪が気持ちを打ち明けてくれた。それだけで心安らいでしまう。
月は沈む朝が来る。また二人の一日がはじまる。
最初のコメントを投稿しよう!