麻酔

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 夏の匂いがする。  火薬と、湿った風と、芝生の匂い。  公園で子供達が花火をしているのが見える。雨上がりで湿った土の上に座って、あれは線香花火だろうか、3人か4人くらいで囲んで花火の光を覗き込んでいる。  足が汚れるのが嫌だったから、私は湿った芝生の上を歩いた。付き添いらしい大人の人間が私の方を見たから、私はなんでか早足になって歩いた。濡れた芝生の感覚が足に直に伝わってきて気色が悪かった。  道路の真ん中を、地べたを這って進むカタツムリが見えた。なんで彼らは雨上がりにしか見られないんだろう? いつもはどこにいるんだろうか、そう思って彼のやってきた方向を見ると、まだ渇ききっていない地面に一筋の濡れた線がカタツムリへと繋がっているのが見えた。ということは雨が上がってから道路に飛び出して、まだ半分くらいしか進んでいないんだろう。雨が上がってから30分は経ったはずじゃないかな? 本当に彼らは進むのが遅いんだな。そんな彼を私は美しいと思った。  しゃがみ込んで彼をじっと見ると、確かに少しずつではあるけれど進んでいるみたいだ。わあ、なんて健気。素敵だな。なんでかふと視線を感じて振り返ると、公園にいた大人がまだ私のことをじっと見つめていた。わあ、怖い。私は汚れた手を払って、早足で去った。  濡れた地面に手をついたせいで、手を払ったのにまだ手のひらがグチョグチョだ。それになんか変な匂いもする。汚いなあ、嫌だなあ。そうだ手を洗おう。  近くにあったコンビニに立ち寄って手を洗わせてもらった。 「すみません、トイレお借りしました」  そういってレジに棒付きのアイスを差し出した。まあ、私って偉いのね。あの一番安いアイスだけどさ、ふふ。でもそのレジの店員ったら、無愛想な顔で私の足元ばっかり見て、何も言わないの。お釣りだけ受け取ってそそくさとコンビニを出てきちゃった。嫌なカンジ。  袋からアイスを取り出して私は勢いよく頬張った。ああ冷たい、美味しいな。  すうっと大きく息を吸って夜空を見上げてみた。街の明かりのせいで星はよく見えない。ちぇ、つまんないの。でも私はこの雨上がりの空気が大好き。この湿った空気に、これは、なんだろう? 火薬? さっきの子供達の花火の匂いがここまで届いているのかな? そうだ、あのカタツムリはどうなっただろう。見に戻ってみようか。  公園の近くの道に戻ってきた頃にはもうアイスはだいぶ溶け始めていて、手がベタベタになってしまった。うへえ。とか思ってるうちにあのカタツムリくん発見! と思ったけど、どうやら潰れちゃってる。車のせいかな? まだ道の真ん中だ。私が通った後すぐだったのかな? 可哀想に。私は彼を摘み上げて、公園の芝生に置いてあげた。また手がグチョグチョになってしまった。それに変な匂いもする。うへえ汚い。手を洗わなくっちゃ。公園にある水道へと私は向かった。  手を洗いながら公園を見渡してみたけれど、さっきの子供達はもういないようだ。彼らが焦がした土は白く変わっていた。そうか、もう夜遅いもんな。私もそろそろ家に帰ろうかな……って、私なんで外に出てきたんだっけ? ああまたか、まあいいや。早く帰らなくちゃ。
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