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前日譚・叡智の図書館①
「痛っ!!!」
頭を押さえながら、気を失っていた少年は起き上がった。
そこはだだっ広い岩の空間だ。頭上の天井に星のように瞬くのは、ホタル石に違いない。
「ホタル石が、こんなにたくさん??!」
永遠の愛をエルフが誓う時、この石を相手に渡すものだ。
少年は喉がとても渇いていた。岩の空間のくぼみに水が溜まっている。少しためらったけれど、くぼみの水を手ですくって飲んでしまった。
水を産み出せる魔力はもう残っていなかった。
「ここは、お母さんが寝る前に聞かせてくれた『エルフの聖地』だよね。誰か、連れてきてくれたのかな。助かった仲間、いるのかな」
じわりと涙があふれる。
少年は自分の名前を覚えていなかった。齢が十歳なのは覚えていたけれど。
胸に生々しく蘇るのは、エルフの郷を襲った岩や火の塊。
そして、火山の女神、その正体は三つ目の黄金龍の、黒髪の女性。その名をラキアスという。炎の中でも美しく笑んでいた。
育ったエルフの郷を火山の女神なんかに焼かれたくなかった。だからこそ、少年は持っていた小刀で自分の手のひらに傷をつけて、その血で魔方陣を描き、中上位の「氷のゴーレム」を召喚したのだ。
巨大な氷の体をした怪物、三体だ。召喚した自分だって恐ろしかったさ。けれど、ラキアスは一瞬で、その怪物たちを溶かしてしまった。
「お目覚めかい、ジン」
凛とした声が聞こえた。この岩の神聖な洞窟にいるのは、それは。
「ラキアス! 貴様」
少年は咄嗟に身構えた。
「おかゆを持ってきただけじゃ。女神であるわらわに対して怒鳴るな」
ラキアスは眉をしかめて言う。恐ろしい第三の目は今はぴたりと閉じられていた。
とてもお腹が空いていたし、喉だってまだまだ渇いていた。「おかゆ」というのは人間の食べ物なのは、人間の言葉や食べ物を描いた書物で見て知ってる。でも、受け取ってしまう。
「おいしい」
素直にそう、口にしていた。
おかゆはおそらく卵が入っていた。卵をエルフは決して食べないけれど、今は「非常時」だ。自分は飢えている。
そもそも、自分とラキアスは「人間の言葉」で話している。あの書物で書かれていた言葉だ。エルフの使う太古の言葉ではない。
ラキアスが何か術をかけたのかもしれない。
「ねえ、ジンって誰?」
言い慣れていない「人間の言葉」で、たどたどしくラキアスに尋ねる。
「わらわがお前の顔によく似合う名前をつけてやっただけじゃ。今日からお前はジンじゃ。感謝せい!」
ラキアスはふんぞりかえる。
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