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前日譚・叡智の図書館②
自分はジンなんて名前じゃない。
それはわかっていた。けれど、肝心の名前が思い出せないなら仕方ない。
ジン、というのは人間の名前だろう。ありきたりで平凡な名前。
その後もラキアスは、二日に一回ほどこの岩の洞窟の聖地に現れ、ジンに食べ物をくれた。
米で作った「握り飯」というものや、ホットケーキという小麦粉と卵のお菓子。ホットケーキは表面がだいぶ焦げていたけれど、とてもおいしかった。
ジンの手のひらや頭の傷が癒えると、ラキアスはこの聖地の「隣の空間」にジンを連れて行った。
「わあ。本。本ばかりだ!」
「ここは、エルフ族の『叡智の図書館』。太古からの魔法の書がたくさん所蔵されておる」
ラキアスはくつくつと笑っていた。
「ここでせいぜい、わらわを倒す魔法でも学ぶことじゃな。そろそろ、魔力も戻ってきたはず。お前なら、ゴーレム三体よりは大きなものが召喚できるぞえ。精霊なぞ、どうじゃ」
「精霊? そんな。畏れ多いよ」
少年は首をぶるぶると振った。
少年が召喚できるゴーレムなどは「聖霊」。同じ発音でありながら、「精霊」とは明確に区別される。「精霊」はより自然に近い存在、もっと言えば自然そのもの。エルフにとって自然は神聖そのものだった。
「火の精霊、風の精霊、土の精霊、水の精霊。わらわは火と土の上位精霊とは『お友達』じゃよ」
ラキアスはどこかつまらなそうに言う。
ジンはその図書館で、エルフの言葉に久しぶりに触れる。この言葉で話せる相手がもういない。涙が出て仕方なかった。
ラキアスに言われたからではないけれど、体力と魔力の戻ってきた少年は、今は一日中、「叡智の図書館」にこもっていた。
図書館の本の中に、「人の心に干渉する魔法」という分厚い本があったので、ドキドキしながら読んでしまう。人を恋に落とす初歩の魔法から、人の記憶に干渉する永続魔法まであった。
「これらは繊細な術。必要なければ使うな」
本の一番最後に書かれていたエルフの文字を声に出して読んで、ジンは眠りの支度をする。
ここではジンはひとりきりだ。噴火とラキアスの攻撃から逃れられた「エルフの仲間」はいないようだ。
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