前日譚・叡智の図書館⑤

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前日譚・叡智の図書館⑤

 やがて、ジンは二十五歳になった。  周りの人たちは優しい。優しすぎるほどに。  村には、炎属性のエルフの血を薄くひく「魔女」のおばあさんもいた。おばあさんは「それでも、『あの噴火』以来、わたしの力も薄れたよねえ。いつか、噴火がまた近づいてきたら、わたしたちの一族の力も強まるとね、それは聞いてるけれどね」と話している。 「おばあさん。あのね」  ジンは慎重におばあさんに言う。 「僕はエルフを『やめる』よ」  雪がしんしんと積もる日のこと。おばあさんとジン以外に、その部屋に人の姿はない。 「『時忘れの術』というのを、ある場所の本で読んだんだ。それをかける。村の人たち全員に。おばあさんにもかけるよ。そうしたら、みんな、僕の年齢が一体いくつなのか、忘れてしまうんだ」 「そうさね。おまえさんは『悠久の時を生きる』エルフだもの。そうした方がいいとは、わたしも思っていたさ」  おばあさんはおかしそうに言って、話すのが疲れたのか、そのまま眠ってしまった。  その晩、ジンは村全体に大きな魔方陣を描いた。  失敗は命取りになる。しかも、永続魔法だ。  ジンが千四百歳くらいになれば、人間同様に老衰が始まる。その年まで、この魔法でずっと、みんなをあざむき続ける。  雪は雨に変わっている。二十五歳のジンは村人たちみんなに声をかけた。 「ゆっくりおやすみ」と。  そして、とんがっていた耳の形も、魔法で、見た目を人間そっくりに変えてしまった。  これからは「ひとりの野菜売り」の人間として生きていくために。
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