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リーナ、村に帰る
炎が「人格」を持つなんて、リーナはそれまで思っていなかった。けれど、ジンを見ていて思ったのだ。炎と話してる、と。なぜだろう。
黄金色の炎はイタズラが見つかった子供のようにしゅんとすると、勢いをなくして急激に縮み始めた。
暖炉の火のように穏やかな色合いになり、自然と消えた。
さらに、ジンは、燃えて無惨な姿を晒していた三本の木に近づいて、かわるがわる「話」をしているようだ。
ジンが木に触れた。その指先から「なにか」が木に伝わっていく。木は起き上がり、葉を見事に茂らせている。火事の前と少しも変わらずに。
「リーナ、泣いてるの? 怖かったよね」
気がつくと、ジンがこちらを心配そうに見て聞いていた。いつもの「野菜売り」の表情だった。さっきまでの怖さなんか微塵もない。
リーナはぺたんと座り込んでいて、どうしても立てない。
ジンは片手を差し伸べる。そして、リーナをガラスの馬に一緒に乗せてくれた。
いや。見た目はガラスのように見えたけれど、その馬に触れた感触は普通の馬となんら変わらない。あたたかくて柔らかい毛並み。この馬は生きているんだ。
「村に戻ろうか」
ジンは困ったように言い、リーナはうなずいてしまった。
不思議な馬は風のように一飛びで村に戻った。
村のおじさんたちが、いつまでも村に戻らないリーナのことを探してたのか、駆け寄ってくる。
「大丈夫かい?」
リーナはようやく涙を浮かべることができた。
「山火事になりかけて。でも、助けてくれたの」
誰が、とは言えなくて、そのままシクシク泣き始めた。
やがて父さんがやってきて、野良仕事で荒れた手でリーナを強く強く抱きしめる。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
でも、ジンの姿はそこにはなかった。
また、どういうわけか、リーナが「ジンが助けてくれたの」と周りに言おうとすると、魔法にかけられたように、舌が動かなくて発音できなくなる。
リーナは日常に帰って、しばらくは夢うつつを生きてるかのようにぼうっとしていた。
森の中で、ユーガが不用意に放った「エルフの炎」が木を焼いたのを目にしたショックだろうと、誰も何も責めなかった。
ユーガはリーナを置いて逃げたのが村の人たちに知られてしまい、村の女の子たちみんなから嫌われた。村長にまで、
「軽々しく『エルフの炎』を使うなんて、病で早く亡くなったそなたの母さんに申し訳ないと思わんのか。そなたの母さんの血筋はその力を真っ当に誠実に使ってきたのだぞ。山火事にならず良かった。全く」
ときつく叱られたと、リーナは父さんからの噂で聞く。
ユーガはよほど村にいていたたまれないのか。ますます村の外に出て、交易に精を出している。
村は静かだった。でも、リーナはあれきり、ジンの小屋に行けていない。一言、お礼を言いたいのに。
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